不可視迷宮  草薙あきら

校門の前に立って私は黒ずんだ校舎を見上げた。
大きい。今まで私が通っていた学校とは全然違う。
せいぜい三クラスずつしかなかった学校から、一学年十クラスというマンモス校に転校して来た私はいささか圧倒されていた。
着慣れないブレザーに違和感を感じながら、私は校門の中に足を踏み入れた。
嫌な予感がする。…転校する度に感じる、あの嫌な予感。
大丈夫、自分に言い聞かせる。大丈夫。今度こそはきっと……。
昇降口に向かって歩いて行く。歩いて…歩いて…立ちすくむ。
ない。数日前、手続きのためにここを訪れた時には確かにあった昇降口が消滅してしまっている。
「そんな…」
私はバッグを胸に抱いて、よろけるように後退った。確かにここにあったはずなのに…。目の前が真っ暗になる。
ああ、まただ。
私は校舎に拒まれている。
父親の仕事の都合で私はしょっちゅう転校を繰り返していた。そして、その度に今回と同じような目に遭って来たのだ。
確かに存在していた場所に突然行けなくなってしまう。
それを私は「不可視迷宮」と呼んでいた。私にしか見えない悪夢のような迷宮。
霊的現象でそういうのがあるという。目的地に向かおうとしてもループしているかのように同じ所ばかりぐるぐる回ってしまうんだそうだ。
別に私に霊感はない。ないと思いたい。じゃあこの現象は何なのだ。
学校は、墓場とか処刑場とか、そういった不吉な場所の上に立てられるとよく聞く。七不思議などの怪談は必ずと言っていい程どの学校にもあるし、考えてみれば学校ほど不吉な所ってないような気がする。
だから嫌だったのに。もう転校なんて二度としない…!
このまま家に帰りたくなったがそういう訳にも行かない。私は気を取り直して歩き出した。
空を見上げると先刻まで晴れていた空に灰色の雲が薄い膜を張り始めている。
それはまるで私の暗澹としていく気持ちを表しているようだった。



とうとう校舎を一周してしまった。
目指す昇降口は何処にもない。泣きたくなるのをこらえて、冷静に考えてみる。こんな時に限って周りには誰もいない。
もしかしたら私は他の人とは違った空間に時々入り込んでしまうのかも知れない。もしそうだとしても私にはどうしようもない。
校舎の時計を見上げる。四時四十四分で止まってしまっている。
私は素早く目を伏せた。見てはいけないものを見てしまったような気がした。自分の時計は七時十五分を指しているというのに。
ふと人の気配を感じて振り返ると、この学校の生徒だと思われる少女が立っていた。
ぞくっとするような微笑を浮かべ、こちらを見ている。背筋が凍り付くような感覚を覚えたが、負けずににっこりと微笑み返す。リボンの色が私と同じだから同級生らしい。取り敢えず尋ねてみる。
「あの…二年生の昇降口ってどこにあるのかな」
少女は少し首を傾げた。
「もしかして…転入生?三組に来るって言う」
「そうそう」
「…そこだけど。渡り廊下をちょっと入った所」
彼女が怪訝そうに指差した方向…私の立っている所から十メートルも離れていない所に、突然昇降口は現れた。



私が自分は方向音痴なのだと悟り出したのは、この頃からである。



 END


《コメント》

草薙あきらのルーツを探せ!その2。
…(沈黙)。
これも学生時代のものですね…。
高校時代の実話に基づいていたりします。
あ、タイトルはあたしにしてはましな方かも。


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