英国辺りだと思われる風景。
荘厳な城が建っている。広大な庭園がそのまわりを囲っている。
場面は変わって城の中。
まばゆいばかりの照明の下、正装した人々が賑やかに談笑している。
その中を一人の青年が歩いている。まわりに愛想笑いをふりまきながら、やがてホールを出ていく。
黒く、長い影を落とした回廊に人影はない。ホールの喧噪が微かに響いているだけだ。
青年がふと目を上げると回廊の突き当たりにある部屋のドアが開いている。
青年、怪訝そうな顔をして中に入って行く。中には椅子に座っている老人が一人。
室内には古ぼけた調度類が数点、壁には同じ少女だと思われるスケッチ画が何枚も貼り付けられている。所々に、変色した血の跡。
「この部屋がお気に召しましたか?」
老人、ゆっくりと目を上げ、笑う。青年、肩をすくめながら、
「ホールはうるさくてかなわない。僕はああいうのが苦手でしてね」
「私もだよ」
二人、しばらく沈黙する。やがて青年が口を開く。
「今回ここを買い取ったホワイト氏のこと、どう思います?」
「どうって…君はどう思うんだい」
「悪趣味ですね」
「ほう?」
「訪れた者には災いが降りかかると言われている悪名高き城、ア−ルウィン城。これまでにこの城でどれだけ不幸な事件があったか知れない。こんな城を買い取ろうだなんて正常な神経の持ち主じゃありませんよ」
「ははは…厳しいんだな。じゃあどうして君はここにいるんだい?君もその好事家達の一人なわけかい」
「とんでもない。強引に連れて来られたんですよ」
青年、壁に貼り付けられた絵に目を向ける。
「これを描いた人はきっとこの少女が好きだったんでしょうね」
*****
真っ白な世界が広がっている。やがて場面はフェードインして行き、緑が目にしみる初夏の庭園に変わって行く。真っ白なワンピースを着た少女が犬と戯れている。
と、突然犬が少女の手を離れて走って行ってしまう。
少女、その方向に目を向ける。門の所に男が二人立っている。犬はそのまわりをぐるぐる回っている。
片方の、中年の男が少女に向かって何事か叫びながら手を振っている。少女、男達の方へと走って行く。
「お帰りなさい、お父様」
言ってもう一人の長身の男を見る。こちらはまだあどけなさが残る青年だ。
「ああ、紹介しよう。アレックス・ウエイド、画家志望の男だ。今日からうちに来ることになったんだよ」
「よろしく、クリス。君のことはお父上からよーく聞いてるよ。話の通り美人だね」
笑う父親。クリス、恨めしそうにそれを見て、うつむく。
「さあ、中に入ろう」
三人、門から城に向かって歩き出す。その後を犬がじゃれつきながらついて行く。
場面は食堂に変わる。
あきれるほど長く、大きな食卓で食事をしているのはたったの三人だけ。
所々に置かれた蝋燭の灯が心細げに揺れている。食器やスプーンが触れ合う金属音が響くばかりで三人共会話を交わす気配はない。
「どうだい。この城の住み心地は」
ふいにクリスの父親がアレックスに尋ねる。肉を切り分けることに熱中していたアレックスは慌てたように顔を上げる。
「いいですね。いろいろ曰く付きの城だと聞いていたんでどんなものかと思いましたが。本当に何てお礼を言ったらいいか分かりませんよ」
父親、満足そうに頷く。
「しかしあの約束は忘れないでくれよ。そのために私は君に部屋を提供したんだからな」
「クリスの肖像画を描くということですね。ええわかってますよ。彼女なら僕も描き甲斐があるってもんです」
「そうだろうな。何しろ自慢の娘なんだから」
そう言って父親はクリスに目を向ける。ビクン、と体を震わせるクリス。
アレックスは素知らぬふりで食事を続けている。しかし長い前髪の中からじっとクリスを見つめている。その眼差しに普段のおちゃらけた色は見えない。
再び食堂は沈黙に閉ざされる。
ア−ルウィン城の庭園。芝生の上でクリスが犬とじゃれ合っている。
それを少し離れた所でアレックスが微笑ましそうに見ている。膝の上には真っ白なスケッチブック。背後の木がその上に黒い大きな影を投げかけている。
アレックス、おもむろにスケッチブックを抱え、筆を動かし始める。しばらく夢中になって描いているが、人の気配に振り向く。
「それ、私なの?」
クリスに見られたことにアレックスは動揺を隠せない。
「あ…あー、いや、まあ、そう、なんだけど…」
「うまいじゃない」
驚いたようにアレックス、顔を上げる。無表情だったクリス、ふっと笑顔になって
「でもちょっと美化しすぎよね」
「そんなことないさ。これでも物足りない位だ、僕にとってはね」
アレックス、真面目な表情で答える。クリス、その横に座り込み、犬の首を抱く。
「…あなた、早くここから出て行った方がいいわよ」
「僕が居ない方がいい?」
「平たく言えばそういうことね」
「君は?」
「私…?」
「君は出て行かなくていいの?」
「…出て行ける訳、ないじゃない…!」
言うが早いか、クリスは素早く立ち上がり駆け出して行く。
その様子が窓の向こう側に見える。窓ガラスに映る、人影。窓に近付く、靴音。
途方に暮れたように木陰に佇むアレックスを城の二階の窓からクリスの父親が見下ろしている。
場面、暗転。
見渡す限りの暗黒の中、物音だけが聞こえる。物音がする方向に近付いているかのように、だんだん物音が大きくなって行く。
ふいにオレンジ色の蝋燭の炎が現れる。それと同時にアレックスの姿が闇の中に浮かび上がる。胸元をくつろげたその姿は今目覚めたかのようでもある。
物音と重なって、言い争うような声も聞こえてくる。何を言っているのかはくぐもっていて聞き取れない。
突然ドアが開く。中から転がるように飛び出して来たのはクリスだ。一瞬アレックスと目が合う。信じられない、と言いたげな表情。無惨にはだけられたブラウスを胸の前でかき合わせ、外の方へと駆けて行く。
ドアの所には苦々しい顔をしたクリスの父親が佇んでいる。
アレックス、蝋燭が消えるのも構わず、クリスの後を追って駆け出す。
闇の中の庭園。葉擦れの音。荒い息をつきながらアレックスが走っている。
やがて、木の下にうずくまっているクリスを見つける。ためらいながら近付くアレックス。
「わかったでしょう?」
「………」
「私はあの人の物なの。娘なんかじゃない、私は…っ」
「わかった、わかったから」
アレックス、クリスを抱きすくめる。
「お母様が死んだのは私がまだ二歳の頃だったわ。覚えてなんかいないけど。お父様はお母様をそれは愛していたそうよ」
うん、とアレックスが頷く。
「だから、お母様に似てくる私をお父様は…ああ、あんな男を父親呼ばわりするのも汚らわしいわ、身代わりにしたのよ、あの男は…!」
涙が頬を伝って行く。
「逃げよう。逃げればいいじゃないか」
「無理よ。あの人の執念深さは普通じゃないんだから」
「君はここにいたいのかい?」
クリス、慌てて首を振る。アレックス、満足したように頷き、
「じゃあ逃げよう。いや、出て行くんだ。君はこんな所に捕らわれてちゃいけない。一緒に行こう」
うつむくクリスの顔を無理やり引き上げ、口付ける。
「…愛してる」
再び微かな葉擦れの音。
城の中の一室だと思われる暗い部屋。
仄かな蝋燭の明かりの中を慌ただしく行き来する人影がある。ベッドの上には大きな鞄。その脇にはスケッチブックが置かれている。
一段落したと見えてその影――アレックスはベッドに腰を下ろす。ため息。
ふいにドアが開く。凄まじい形相をしたクリスの父親が立っている。
「貴様、俺からクリスを奪う気か?」
「…何のことです…」
「あれは俺の物だ。…誰にもやらん…!」
アレックスの上に黒い影が覆い被さる。突然、ブラックアウト。
ア−ルウィン城の門の前。「買い手募集中」という立て札が見える。
薄暗い回廊に場面は変わる。
硬い靴音が等間隔で響いている。突き当たりにある扉がゆっくり近付いてくる。鍵を持った白い指がのびて、鍵を開ける。耳障りな音を立てて開く扉。
変わって、部屋の中。入り口に女性らしき人影が立っているが、暗くてよく見えない。
「こんな所にいた」
床には引きずったような血の跡。その上に無数に散らばった、スケッチ画。どれを見ても同じ少女が描かれている。不気味なほど赤く染まった画用紙の中で彼女はにっこりと微笑んでいる。
ベッドの白いシーツはほぼ全面がどす黒く変色している。その上に半ば白骨化した死体がうずくまっている。よく見れば両足がない。
「待ってたのよ。あなたが逃げようって言ったから」
無表情に、クリス、死体を見下ろす。
「ずっと待ってたのよ。あの男に捕まりそうになりながら。裏切られたと思ったわ。結局逃げられたけど、許せないと思った」
声を詰まらせる。
「…あなたも待ってたのね。動けないように足を切られて、ずっとこの部屋に閉じ込められて…怖かったよね…」
クリス、その場にしゃがみ込んで体を震わせる。
「ごめんね、ごめんねアレックス…」
再びアールウィン城の門の前。ゆっくりとそこから遠ざかって行く。
小さくなって行く城。やがてその風景はフェードアウトし、完璧な白へと変わって行く。
*****
少女の絵に目を向けていた青年がくるりと振り向く。ここはア−ルウィン城の中の一室である。
「なんてのはどうでしょうね」
老人、呆れたような顔。
「何だ、今のは作り話かね?」
「どうでしょう。でもありそうな話だとは思いませんか?」
「小説の読み過ぎだな。でも確かにこの絵は…」
と、絵を見上げ、
「死に瀕した者にしか描けんかもしれんな」
ドアの外から誰かを呼ぶような声がする。青年、肩をすくめる。
「どうも一人にさせといてくれないようだ。それじゃ、失礼」
青年、出て行く。言い争うような声、そして笑い声が遠ざかって行く。老人、ふっと表情を緩める。
「こんな所にいたのね」
見れば部屋の入り口に老婆が立っている。
「ここだと思ったけどやっぱりだわ」
「今若いのが出て行っただろう」
「ええ、それがどうかした?」
「なかなかおもしろい話を聞かせてもらったよ」
「おもしろい話もいいけどあまりうろちょろしないで頂戴。こっちは心配でたまらないわ」
「ははは、その心配症はいつになったら治るんだろうね」
老人、妻に支えられつつ立ち上がり、車椅子に座る。
部屋を出、回廊を通り過ぎ、ホールに入る。喧噪はちっとも衰えていない。
「おや、もうお帰りですか?」
一人の男が尋ねてくる。
「ああ。やっぱり年だな」
「体は大事にして下さいよ。僕は先生の絵が好きなんですから」
「ありがとう。じゃあ先に失礼するよ」
外はすっかり夜の帳が降りている。庭園は見事にライトアップされていて、真昼のような明るさだ。
ア−ルウィン城の遠景。闇夜の中、庭園が明滅を繰り返している。
何度も何度も、永遠に続くかと思われるほどに。
END
《コメント》
草薙あきらのルーツを探せ!その1。
…(沈黙)。
これは学生時代に書いた物です…。何年前になるんだろう…。
確かですね、「これは物語になる!」と思いながら見た夢が元になってるんですよね。
でもそういうのに限ってありふれた話で、こーして見てもやっぱりありふれてるんですけど。
足を切り落とされるという場面が妙に印象に残ってて、その場面のためだけに話を組み立てたようなものかも。
ここでもネーミングセンスのなさを発揮しています。
こーいうタイトルのドラマなかったっけ?
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