探偵少年の罪〜或る探偵小説の最終回〜
草薙あきら

 登場人物紹介
 緋堂玲(ヒドウレイ)この物語の主人公。最近噂の大学生探偵。
 折橋築(オリハシキズク)玲の幼なじみ。同じ大学に通う。
 鷺沼美紅(サギヌマミク)玲の恋人。某財閥の令嬢。

 も、もう嫌だ。
 僕は頭を抱えていた。もうこんなこと、耐えきれなかった。
 また僕の前に死体がある。めちゃめちゃに切り刻まれた死体。
 僕は今から「わあぁぁあぁー!」と叫んで踵を返し、この場を離れて行くのだろう。
 そして奴が来て、推理して、「犯人はあなただ」と誰かを指さして一件落着。
 奴の大学生探偵としての名声はますます高まり、そのうちFBIなんかからもお声がかかるようになるかも知れない。
 美紅は玲を尊敬しきったきらきらした瞳で見つめるだろう。二人はいつか結ばれるのだろうか。
「うわああああぁぁ!!」
 僕は叫んだ。死体を前にした恐怖からだけではなく、もっと胸の奥の何かをずたずたにされたような…そんな痛みを感じてもいたから。


 性格破綻者、と僕は密かに玲のことを呼んでいた。
 何故ってその通りだったから。
 気がつけば僕は彼の幼なじみで親友というポストを与えられていて、何でだかいつも彼と一緒にいる羽目になっていた。
 彼は眉目秀麗、しかも秀才という実に厭味な奴だったがさらに輪をかけて厭だったのがその性格だった。
 自分の能力をいつも誇示していなければ気の済まない、鼻持ちならないどうしようもない人間で、すぐに人を小馬鹿にしたような態度をとる。お決まりの科白が、
「ま、おまえにはわからないだろうけどね」
 何度胸倉をひっつかまえて殴り倒そうとしたかわからない。
 協調性皆無。自己中心的。被害妄想気味。躁鬱の差が激しい。
 そんな性格だったから自然まともな友達もできず、「緋堂の親友だろ」という科白と共に僕にお守役がまわってくると云う訳だ。
 そんな彼に、大学に入ってから突然恋人が出来た。
 それもちょっと目を見張るほどの美人で、しかも財閥の令嬢ときた。
 性格だって悔しいくらい健気でかわいらしい。
 いくら彼がハンサムで頭が良いからってあまりにも出来すぎてないか?
 あんな男とまともに付き合える人間がいるとは思えない。
 実際、出来すぎていた。
 そう、今考えてみれば、玲が彼女と付き合うきっかけになったのは…。


 被害妄想気味なのは築の方だろう?
 まったく、今頃になって何を言い出すんだか。
 まぁ、今だから言ってやるがおまえはなかなかに良い助手だった。
 俺がこんなに有名になれたのは、まぁおまえの働きもあったおかげだ。
 感謝してるんだぜ? この俺がこんなこと云うくらいだ、もっと有難がれよ。
 何だ? その顔は。
 …何がおかしいのかって?
 だっておまえ見え見えなんだよ、嫉妬してるのがさぁ。
 美紅のこと好きなんだろ? …まぁ好きになるのは自由だからいいけどさ。
 申し訳ないけどもう彼女は俺の物だから。
 妙な真似してみろ、たとえおまえでも許さないからな。
 何? 俺に愛がわかるのかってぇ?
 その科白そのまま返すぜ、築。
 未だに童貞のおまえに云われたかないね。
 …おい待てよ。
 何だよそれ。おい、おい、ふざけるなよ!!


 大学に入って最初の夏休み、僕は玲に旅行に誘われた。
 何で同じ大学に入ってしまったんだろうと日々後悔していたのに、その上夏休みも一緒に行動しろだと? うんざりしたけれど彼の口に敵わず、ついて行く事になってしまった。
 彼はミステリ研究会というサークルに所属していて(団体行動嫌いな彼がそんな所に所属していたこと自体、ある意味驚きだった)、毎年行われている合宿旅行に参加するということだった(旅行も団体行動。この時に彼の異変の原因にもっと早く気付いておくべきだった)。
 そのメンバーの中に鷺沼美紅はいた。
 思うに玲はその時から彼女のことが気になっていたのだろう。
 じゃなけりゃサークルに、ましてや旅行になんか絶対、参加しなかったはずだ。
 部外者の僕を呼んだのは…相手をしてくれる人間が僕しかいなかったからだろう。
「なんで部外者連れて来るんだよ」と文句を云うメンバーたち。
 その中で唯一優しく接してくれたのが彼女だった。
「緋堂君の友達なのね? あたし鷺沼美紅。よろしくね」
 綺麗で優しくて…天使みたいに思えたな。
 泊まったのは山奥にある古びた洋館のホテル。さすがミステリ研究会だけあって雰囲気のある所だった。
 そして事件は起こった。
 メンバーの一人、野本真(ノモトマコト)が殺されたのだ。
 そしてその殺人事件を解決したのが玲だった。たまたま泊まり合わせたある雑誌編集者の記事で彼は一躍時の人となった。
 そして夏休みが終わる頃には、彼と鷺沼美紅は付き合っていた。
 僕らは三人で行動することが多くなっていた。


 部屋に入ると玲が何かをずたずたに切り裂いている所だった。
 それを少し顔を引き攣らせながら見ている折橋築。
 いつも仲が良いのにただならぬ雰囲気が漂っている。
「どうしたの?」
 私が入ってきたことにも気付かなかったらしい、私の声で二人とも弾かれた様にこちらを向き…折橋君少し笑った? …何事もなかったように「よう」などと挨拶する。
「喧嘩してたんじゃない? 折橋君の目、ちょっと怖かったよ。いつもニコニコしてるのに」
 玲が床に落ちた紙の切れ端をあわただしく拾い集めている。───写真?
「また癇癪おこしたんだ。しょうがないわねぇ」
 それに手を伸ばした瞬間、「さわるなっ!!」
 玲は怒鳴って私を睨みつけた。
「玲…?」戸惑って、折橋君を見上げる…彼は相変わらず嘲るような(彼らしくない)微笑を浮かべている。
「美紅…、悪い。こいつと話したいんだ。ちょっと席はずしてくれるか」
 私は無言で頷いて、部屋を後にした。


 それから三年間。僕らは行く先々で殺人事件に遭遇し、玲の見事な推理で事件を解決してきた。
 いつ頃からか玲は大学生探偵などと呼ばれ、今ではちょっとした有名人だ。
 でも僕は…僕は二度目の事件に遭遇した時、思った。
 こいつ疫病神だってね。
 奴の行く先々で、殺人事件が起きる。
 絶対普通に考えたらおかしいじゃないか。
 こいつのそばに居たくないって思った。
 こいつが殺人を引き寄せてるんだ、そう思った。
 そしてあっさりと「犯人はあなただ」と言ってのける不遜なその態度。
 殺したくて殺した訳でもないのにすべて悪いのはおまえだと決めて譲らない尊大さ。
 おまえに人を裁く資格があるのか? 偉そうに人を悪に染めて人生を狂わせる権利がどこにあるというのか。
 こいつは人を不幸にするためにいる。
 もう、関わり合いたくないと思った。
 それで鷺沼美紅にも云おうと思ったのだ、もう付き合うのはよした方がいいと。


 家に帰っている自分に気付いて、私は自転車を止めた。
 そういえば私は玲に用があって彼の家に向かったのではないか。
 席をはずしてくれと云われたからとりあえず出てきたけれど…自宅に帰ってしまっても仕方ない。
 少し時間をつぶしてもう一度玲の家に行こう。
 もしかしたら仲直りしてるかも知れないし。
 そうだ、何かごはんの材料買って行こう、みんなでごはん食べるのなんて久し振りだし。
 今の時期なら鍋がいいかな? 玲は絶対最後はチャンポンって人だから忘れないようにしなきゃ。


 ちっともおかしくなんて、なかったのだ。何も。
 そのことが判明してみれば何もかも辻褄があってしまうのだった。
 僕はあの日…見てしまった。
 知ってしまった。
 鷺沼美紅が人を殺すのを。


「やめて、やめてぇー!」
 叫ぶ女の背に追いすがり、刃物を振り上げた彼女の姿は…普段の彼女からとても想像できるものではなく、僕はまさに背筋が凍る思いだった。
 自分の姿が彼女の視界に入らない内に、僕は激しく震えながらその場を立ち去った。
 その後何事もなかったように美紅は戻ってきて、玲はまったく関係ない人間を犯人だと指摘した。
 そして信じられないことにその人間も「そう、犯人は僕だ」などと言い出したのだ。
 目の前に広がる風景が、突然色を失ったような気がした。


 快楽殺人者が人を殺し、探偵がそれを庇って別の人間を犯人に仕立てあげる。
 玲は嘘みたいだがマインドコントロールができるらしく、それで犯人に「自分がした」と暗示をかけていたらしい。
 ある程度探偵の知名度が上がってくると、まわりの人間も彼の推理を疑うことは少なくなる。
「そんな動機で人を殺せるものなのか?」という疑問は他愛もないことと握り潰される。
 彼女は安心して殺人ができ、彼の名声は上がっていく。
 二人の関係は完璧だったってことだ。
 そして僕はその関係を守るお膳立て、図らずも殺人の手助けをしていたということになる。
 もう嫌だ。
 もうこんなこと嫌だ!
 狂ってる、奴も彼女も狂ってる!
 もうよしてくれ、僕は知ってるんだ。
 いつか僕だけじゃなくみんなにもばれる日が来る。
 そしたら二人揃って殺人鬼って呼ばれるようになる…今度は裁かれる側になるってことがどうしてわからないんだ。
 他人を指さしたように、彼女に「おまえが犯人だ」と云って見せろよ。
 もう隠し通すことなんて無理なんだよ!


「美紅…」
 白い頬に飛び散った血をぬぐってやる。虚ろな瞳からゆっくりと涙がこぼれ始める…。
 何も云わず、俺は彼女の華奢な体を抱きしめる。今の俺に出来ることはそれだけ。
 数分前まで喋っていた親友の体、徐々に体温は下がっているのだろう。
「美紅、おまえは悪くない。悪くないんだよ。なぁ、泣くな、泣かないで…」
 床に全て集めたと思っていた写真の切れ端がまだ落ちていた。
 血に濡れた恋人の決定的な瞬間。無言で踏み潰し、彼女の視界から追いやる。
 ガランとした殺風景な俺の部屋。
 永遠にこのままでいたいと、俺は美紅を抱く手に力をこめた…。



 (了)



《コメント》

いわゆる探偵ものに対するアンチテーゼ(のつもり)です。
あたしはひねくれていますので、いつも築のような疑問というか不満を持っていまして。
こういう結末の探偵ものが見たかったので自分で書いてみました。


Novel
inserted by FC2 system