赤法師  霜月楓

「ったく、何なんだよ一体……」
 川崎から呼び出しを食らって、俺、崎野圭吾は渋々公園を目指して歩いていた。
 その日は夕方からしとしとと小雨が降っていた。当分、やみそうにない。
「大体何の冗談だ? 助けてくれ、って……」
 助けてくれ崎野! 像に殺される! ――わめき、川崎は一方的に電話を切りやがった。
 それにしても、何で俺なんだろう? 俺は昼間、川崎をムカつくって理由で殴り飛ばしたばかりだが。
「報復でもするつもりか?」
 上等だ。奴には、誰が一番強いかを徹底的に思い知らせてやる必要がある――そう考えつつ、俺は公園に足を踏み入れた。
 像、というのは、この公園にある古ぼけた坊主像のことだろう。
 そう言えば、友人の村岡が今朝言ってたな。

『あの像の坊さんな、戦国時代、袋に食料を詰めて貧しい人達に配り歩いてたんだって。それで敬われて、像になったらしい』

 どこでそんな話を入手してきたんだか。俺は呆れ顔で奴の話を聞いてたっけ。

『でも、話には続きがあってな。彼は戦の終わり頃に家族を殺されたんだ。矢で射抜かれて。それから狂っちまった彼は家族が殺されたのと同じ雨の夜に、兵の鎧と同じ赤いものを身につけてる奴らを殺しまくるようになったんだって。で、血だらけで殺しまくる奴についた名前が、《赤法師》』

 いくらそれを聞いた直後だとは言え、もっとマシなことが言えねぇのか川崎の奴?
 大体『像に殺される』なんて、今時小学生のガキでも信じねぇぞ――そんなことを考えてると、程なくして像の前に差し掛かった。
「……?」
 像の下に、黒い傘が落ちている。
「いい加減にして出て来い川崎! ケリつけてやろうじゃねーか!」
 どこかに隠れているだろう川崎に声を掛けるが、反応はなし。
「あのなー! 俺は忙しいんだよ! さっさと出て来――」
 言いかけた俺の目は、その場から近い所にある公衆電話に止まった。
 受話器がフックから外れてぶら下がっている。そして、床には見覚えのある赤い鞄。
 寄っていき、その鞄を抱え上げる。川崎のものだ。そして、その鞄にこびりついている赤黒い染みは……。
「川……崎?」
 途端、俺は無意識に体を見下ろしていた。黒い服に、黒い傘。赤いものは何一つない。
 ……って、何やってんだ、俺。
 思わず色の確認をしてしまった自分がおかしくて、髪を掻き上げながら笑う。
 バカらしい。何怯えてんだよ。俺はそんなくだらねぇ話、信じないんじゃなかったか?
 ……だが、俺の笑みは途中で凍りついた。
 俺が触ってる髪――赤い髪。昨日染めたばかりだ。
「ま……さか、なぁ」
 言いながらも、顔が引きつる。背筋を冷たいものが走った。
 慌てて振り返ると、そこにはさっきの坊主の像が建ってるはずだった……が。
「な……い!?」
 台座は、ある。薄暗い街灯に照らされて、黒光りのする台座がここからも見える。
 それなのに――。
「坊主は……どこに行った……!?」
 冷や汗がこめかみから頬へと伝う。
 次の瞬間、俺は弾かれるように受話器をひっ掴むと110番ボタンを押していた。が、反応がない。
「何なんだよこれ! 壊れてんのか畜生!」
 すぐさま俺は小銭を突っ込み、咄嗟に頭に浮かんだ奴の番号を押し直した。

 ずしゃっ……ずしゃっ……

 背後から音が近付いてくる。が、それが何の音かは考えたくなかった。
『もしもーし? 野村ですがー?』
 寝ぼけた声が受話器越しに聞こえてくる。
「俺だ、崎野だ! 助けてくれ野村! 像に殺される!」
 怒鳴った途端、背後に気配を感じた。
 そして、恐る恐る振り返った俺の目の前に立っていたのは――。


「ったく、何なんだよ一体……」
 崎野から呼び出しを食らって、俺、野村道和は渋々公園を目指して歩いていた。
 その日は夕方からしとしとと小雨が降っていた。当分、やみそうにない――。



 END



《コメント》

 これは涼風涼さん主催の『Creator's Synopsis』の第2回(12年11月度)に投稿した作品です。
「写真を見てそれから物語を作る」というテーマでした。
 原稿用紙5枚程度、という制約があったので、初めてその枚数を書く楓は大変でしたよ(笑)。
 ホラー……如何でしたでしょうか?(^_^;)


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