ある冒険者の受難  霜月楓

 冒険者ってのは危険な目に遭うものと相場が決まってる。いつも死と隣合わせだ。
 でも俺には将来が約束されてる。輝かしい未来が俺を待ってるんだ。
 それは、伝説の勇者になって後世までたたえられ、冒険者たちの憧れになるというもの。もちろん財宝ときれいな恋人つきだ。
 今はまだレベルの低い、無名の冒険者だけどな。恋人もいないし。
 でもまぁ、この村の近くをうろついているザコを相手にしていれば、そのうちレベルだって上がるだろう。
 とりあえず、この村一番の居酒屋に――。
(って、ちょっと待てぇいっ!)
 俺は声にならない声を上げた。
 俺の足が、意志に反して勝手に村を出、森の方へと向かっていくんだ。
 待て! 待て! 待てっ!
 今のレベルでそこに行ったら魔物にぶっ殺されるだろーが。村に戻れ、バカプレイヤーっ!
 俺は、ゲーム画面の向こうで俺を自由自在に操っている奴に向かって怒鳴った。聞こえはしないと分かっていたが。
 しかし願い空しく、俺の足はずんずんと森の中へ踏み込んでいく。
 鬱蒼と茂った木々、妙な鳴き声を上げて飛んでいく鳥。そして遠くから聞こえる不気味なうなり声、あちこちで見られる異様にデカい足跡。
 そんな心臓に悪い森の中を、ビクビクしながらしばらく歩かされた頃。
《キシャァァァ!》
 突然の雄叫び。そして突風が起き、俺の目の前には凶悪なツラをしたドラゴンが現れた。

【ドラゴンの出現! 戦う/逃げる】

 勝てる訳ないだろーが。ここは当然『逃げる』を――。

【戦う】

(おいっっ!)
 俺は泣きたくなった。
 何が悲しゅうて、こんな低レベルの俺が強い魔物相手に戦わにゃならんのだ?
 しかし意志とは反対に、俺の手は安物の剣を握り、足はドラゴンへと突っ込んでいく。
《ギ……ギシャァァァァァァ!》
 俺の存在が気に入らないらしい。ドラゴンがそのバカでかい口を開く。虫歯が見えた。
 そして、奴の口の中に赤黒い炎の玉が形作られていく。
 やめろ、やめてくれ! 俺に何の恨みがあるっていうんだぁ!
 ――わめいたところで、奴の耳には届かない。

【ドラゴンの攻撃! 攻撃/防御/逃げる】

 お願いだから逃げてくれ。こんなボロい盾じゃ炎を防ぎきれないぞ!

【攻撃】

 ……バカか、お前?
 自分の頬を涙が伝っていくのが分かる。
 それでも俺はプレイヤーに忠実なキャラ、抵抗は許されない。泣きながら、デカい炎目掛けて更に突っ込んでいく。
 結果は、最初から分かっていた。

【GAME OVER! 残念でした】

 残念でも何でもない。当然の結果だ。
 落ち込みそうなBGMが響く中、丸焼けになった俺の体がゲーム画面上から消える。
「あーあ、もう死んじゃった〜。何こいつ、全然ダメじゃないの」
 ムカつく声が画面の向こうから聞こえてきた。
 てめーが操作してるからダメだったんだよ、このバカっ!

 俺は焦げた姿のまま、薄暗い部屋に強制移動させられた。
 ここで、再チャレンジを選ばれるか新しく始められるまで待つことになる。
 ああ、でももうあんな奴に使われるのは嫌だ。
 どんなに大怪我を負っても死なない体が恨めしい。あと何十回、いや何百回同じことを体験しなきゃいけないんだろう。
 いっそこのまま死ねたらどんなに楽か。
 男は泣くもんじゃない。俺は父親にそう聞かされて育った。そういう設定になってる。
 だけど、これが泣かずにいられるか?
 俺は床に倒れ伏したまま、思わず涙をこぼしていた。
 全身が激痛に悲鳴を上げている。もうやめてくれ、と訴えている。
 でも、こればかりは俺にはどうしようもない。全てはあのバカプレイヤーのせいだ。
「あら、次のお客様ね。大丈夫?」
(……ん?)
 かわいい声がする。男のサガだろうか、俺はそれに反応して重い頭を上げた。
 まず、すらりときれいな足が見えた。そのまま視線を上にたどっていく。
 白のタイトスカート。残念ながら、俺の位置からその中身は見えない。ちくしょう。
 そして白いブラウス。希望を言えば、もうちょっと胸があった方が……。
 最後に顔。色白でめちゃくちゃかわいい女の子だ。
 頭にはちょこんと載っているナースキャップ。ってことはこの子、看護婦か?
「私はキャラクターの怪我を治すコンピュータよ。よろしくね」
 思考を読み取ったのか、彼女は笑顔でそう言い、俺の前にかがみ込んだ。
「あなた、森に入ってったの? まだレベル1でしょ、無謀だわ」
 言いながら、手慣れた様子で俺を抱き起こし、口に怪しげな色の水を流し込む。
「でも、そのレベルでよく森まで行けたわね。途中でやられそうなものなのに。運がいいのね」
 普通はこのレベルで森に行こうとするバカがいないから、油断されただけなのでは。
 ……それはそうと、このまずい水は何なんだ?
「即効性のある薬よ。何しろ、すぐ全快させてゲーム上に送り出さなきゃいけないんだもの」
 一息に俺を殺してくれる薬とかはないのか? あるいは、このゲームが二度と使えなくなるウィルスとか。
「私を殺す気?」
 彼女が睨んでくる。でもすぐにまた笑顔になって、俺の肩をポンと叩いた。
「まぁ、今のであの人も自分のレベルが分かったんじゃない? もう無茶はしないわよ」
 ……だといいんだけどな。

【再チャレンジする】

「ほら、グチ言ってないで。またお呼びみたいよ、頑張ってね」
 頑張りたくない〜。
 だだをこねてみても、だからといって俺に逃げ場はない。行くしかないんだ。
 俺はこみ上げそうになる涙をこらえ、立ち上がるとゲーム上に移動した。
 悲しいが、またゲーム再開だ。
 設定によると、さっきの村の居酒屋には、力を貸してくれる魔法使いがいたはずだ。
 あのバカがそれに気付いてくれるといいんだが。
《キシャァァァ!》
(……え?)
 聞き覚えのある雄叫び。嫌な予感。
 恐る恐る顔を上げると、そこには――。

【ドラゴンの出現! 戦う/逃げる】

 さっきのドラゴンだ。あのバカ、ドラゴンに会う直前にデータを保存しやがったのか!? 何て間抜けなんだ!
 でも、ここで文句を言ってても仕方ない。
 とにかく、ここからすぐに逃げるんだ。それなら、何とか助かるかもしれない!

【戦う】

(バカヤロ――――ッッ!)
 俺のわめき声がドラゴンの咆哮にかき消される。そして襲いかかってくる炎の玉。
 この瞬間、延々と続く俺の生き地獄は決定した。
 本当に伝説の勇者になれるんだろうか、俺……。



 END



《コメント》

 これは涼風涼さん主催の『Creator's Synopsis』の第7回(13年4月度)に投稿した作品です。
 テーマは「仮想世界」。原稿用紙10枚程度、という条件でした。
 コメディ街道まっしぐらですね、私(笑)


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