幻の神の瞳の眠る島  霜月楓

『神の瞳』――そう呼ばれる財宝が、とある離れ島に眠っているらしい。
 それはどのような宝石よりも高価で、それさえあれば、それまで見ることのできなかったものを見ることができるようになると言う。
 その不思議な話を聞いて、是非とも見てみたいと考え、財宝を探そうとした者たちがいた――。


「もぉっ! あたし家に帰りたいぃっっ!」
 足をジタバタさせて、一人の少女がわめいた。
 彼女の名は舞。元気いっぱいの十七歳。ショートカットの髪を風になびかせ、子猫のような目で夜空を振り仰いでいる。
「るっせーな! 帰れるモンなら、オレだってとっくに帰ってるさ!」
 うんざり、という表情で少年が怒鳴る――彼の名は悠。舞のいとこで、まだ幼さの残った顔立ち。育ち盛りの十六歳。
「ぎゃーぎゃーわめくなっ! 頭に響くだろーがっっ!」
 もう一人いた少年が、普段よりもさらに渋面になって少女たちに声を上げる。
 彼の名は敬。悠の兄で、最年長の十八歳。何が不満なのかいつも不機嫌な顔をしているので、年より老けて見られる悲しい奴。
 三人は祖父のところにこの夏休みに遊びにきていた。しかしそれがいつの間にか『神の瞳』を求めて船出することになったのは、多分にもその祖父の影響があったのだった。
 何でも、祖父も若い時にその財宝を探そうとしたことがあったらしい。
 探し出すことが出来たのか出来なかったのかは聞かなかったが、その話をしたあとで、彼は意味ありげな笑みをしわだらけの顔に浮かべ、一言、言った。
「お前たちも探してみたらどうじゃ?」――と。
 祖父の家がある村には小さな港があり、目的の島は村から結構近い。その上祖父が安全を保証する、と太鼓判を押したので、怖いもの知らずで物事を深く考えないこの三人が話に乗らないはずはない。
 遠足気分で小船を調達し、食糧などを買い漁ってから天気の良い日に出発。
 全てが順調だった。
 しかし、島に辿り着く途中で船の底に穴が開き、船はもろくも沈没。三人は揃って海に投げ出されたのだった。


 ――最初に意識を取り戻した敬が残りの二人を探し出し、火を起こしてから濡れた服を乾かしているうちに、薄闇が訪れた。
「でもさぁ、何でじーさんは『神の瞳』ってもんが何か、教えてくれなかったんだろーなぁ?」
 敬が薪をいじくりながら聞くと、悠は仏頂面のままで火に手をかざした。
「知らねーけどさ、じーちゃんの奴、楽しみは後回しって考えてたんじゃないかな……多分」
「んな曖昧な……」舞が大仰に溜息をつくと、悠が口を尖らせた。
「あのなー! その曖昧な話を聞いて『その島に行ってみたーい!』って言ったのはどこのどいつだよっ!」
「だってぇ。まさかこんなことになるなんて思わなかったんだもん……」
 舞は言い、その直後に派手なくしゃみをした。
「うう……これじゃ風邪ひいちゃうよぉ。毛布か何かあったら良かったのに……」
「ほしかったら海にもぐって探してこい」
 絶望的なセリフを冷たく言い放つ敬。舞は鼻をこすりながら、暗い海を眺めた。
 毛布どころか食糧までもが暗い海の底。電波が届かないので、携帯電話も使いようがない。……そもそも携帯電話が壊れていないという保証もないが、怖くて調べられない。
「やだ。もぉ塩辛い海の水飲みたくないっ!」
 海に落ちた時に思い切り海水を飲み込んでしまった舞が渋面になる。
「まぁ、何にしても明日、どうするか決めないとな」
 パチパチとはぜる炎に薪をくべながら敬がそう言うと、舞は鬱陶しげな視線を悠に向けた。
「えーっ!? 一晩こいつと一緒!?」
「どーゆー意味だよっ!」ムッとして声を荒げる悠。
「だーってぇ。敬はともかく、悠は夜に何してくるか……」
 舞の言葉で、悠が顔を真っ赤にして激怒。
「あっ……あのなーっ! 言っとくけど、オレはお前みたいなじゃじゃ馬なんかに興味はねーんだよっ!」
「じゃじゃ馬って何よ、じゃじゃ馬って! あたしだって、あんたみたいなガキは好みじゃないよーだっ!」
「……お前達……」
 今にも取っ組み合いのケンカになりそうな二人を眺めながら、敬が渋面になる。
 ――こうやって二人がわめいているうちに、朝は訪れたのだった。


「お魚さんだぁ!」
 必死になって火を起こしていた舞が、悠の捕ってきた魚を見て歓喜の声を上げる。
「おー、大漁じゃないか。ご苦労、ご苦労」
 丸太を縄で縛るという作業をしていた敬も嬉しそうにそう言い、立ち上がって悠のところまで歩いていく。
「でもなー、エサ取るの大変だったんだぜ。石をひっくり返して、裏をゾロゾロ這い回ってる訳分かんない小虫を捕まえてさー」
「うう……食べる前にそんな話しないでよー」
 気持ち悪そうに舞が悠に言い、悠はハハハ、と笑うと敬に目をやった。
「兄貴、さっきから何やってんだ?」
「何やってんだ、って……見りゃ分かるだろーが! いかだ造ってんだよ! てめーら帰りは泳いでいくつもりか!?」
「あ、なるほどぉ……敬ってば頭いい〜!」ポン、と手を叩いて舞が言う。
「……」
 敬はしばらく絶句し――やがて諦めたように首を振ると、朝食の準備を始めた。
「でも、『神の瞳』ってこの島のどこにある訳?」
 言いながら、舞の視線は後方で大きく口を広げている洞窟に向けられている。敬と悠の視線も、そこに集中する。
 この島はとても小さく、敬が調べてきた限りでは、いかにも怪しげな場所と言えばそこだけだったのだ。
 選択肢は、おそらく一つしかない。
「まぁ、あそこに行くにしても行かないにしても、取り敢えずは……」
 敬が、悠の釣ってきた五匹の魚を適当な木の枝に突き刺して火のまわりに立てながら言う。
「朝メシだ」


 ――葉と土の匂いがその洞窟のまわりには充満していた。
 鬱蒼と茂った葉の隙間から洩れる太陽の光に比べ、洞窟の中はあまりにも薄暗く、灯りをつけても多くを照らしはしない。
「……行こう」
 唾を飲み込み、顔を見合わせてから三人はその洞窟の中に足を踏み入れた。
「暗いねー」
 たいまつを手にした敬に寄り添うように歩きながら舞が声を上げる。
「ああ……」
 言葉少なに敬が頷き、後ろから仏頂面でついて来る悠を振り返る。
「悠、ちゃんとついて来ないと置いてっちまうぞ」
「分かってるよっ!」
 悠はムッとした顔のまま、前を歩く二人に睨むような視線を送った。
「ったく……何で釣ってきたオレが一匹で、あいつらが二匹ずつ食うんだよぉ……」
 先程の魚の、食べた配分が気に食わないらしい。
「舞の奴、ダイエットするとかいつも言ってる割には、パクパク食いまくってんだからなー」
 しかし、悠のそんな小さな呟きに耳を貸すような二人ではないらしい。ずんずんと先に進んでいく。
 悠はチェッ、と舌打ちをすると、先に進んでいった二人を追い掛けていった。


 やがて洞窟の突き当たりまで進むと、そこには小さな宝箱が置いてあった。
「あ! あれが、もしかしたら『神の瞳』じゃない!?」
 目をきらきらと輝かせて舞が振り返り、二人の顔を見る。
「だろーな。鍵は開いてんのかなー」言いながら悠がその宝箱に歩み寄る。
「気をつけないと、どっかから毒矢とかが飛んできたりして――」
 舞の言った恐ろしいその言葉に、思わずたたらを踏む悠。
「あ、兄貴! この宝箱、開けてくれないか!?」
 本人的にはかわいらしく首を傾げて敬にお願いする悠。
「い・や・だ。悠、お前が開けるんだ。兄貴命令!」
 にやっとして敬が指を突きつけ、きっぱり告げる。
「う〜……分かったよっっ!」
 悠が口を尖らせ、渋々頷く。
「ったく! 年上の方が損だって世間様の説、あれ絶対ウソだよな。いつもこき使われるのは年下なんだから……」
 ニカニカ笑う敬に背を向けながら、弟か妹がいれば良かったと痛切に感じる悠であった。
 そして宝箱に向き直り、しばしためらってから意を決して勢いよく宝箱のふたを開ける。
「……!」
 次の瞬間、悠は小さく呻いてその場にうずくまった。
「! 悠!?」
 異変を察知した舞が慌てて悠のところまで駆け出し、彼を抱き起こす。
「悠、悠! 大丈夫!? しっかりしてっ! ……って……悠……?」
 不意に訝しげな表情を浮かべる舞――次の瞬間、悠はむくっと起き上がり、にこにこと笑みを浮かべた。
「驚いてやんの〜!」
「ばっ……バカやろーっっ!」
 舞の鉄拳が振り落とされる……。
「あうう……」
 頭を抱えてうずくまった悠を、最初から演技だと見抜いていた敬が呆れ顔で眺めて呟く。
「自業自得だ……」
「でも、宝箱に鍵がついてなかったね。何でなんだろ? ……ま、いっかぁ―!」
 悠をボコボコにしてすっきりした表情の舞が宝箱の中を覗き込む。
「何が入ってる? 宝石か? 黄金か?」
 敬と悠も寄ってきながら舞に聞き――そして、舞の目が点になっていることに気付き、顔を見合わせた。
「? ……どうかしたのかな? ついにボケたとか……?」
「そりゃいつものことだ。大して珍しいことでもないだろ」
 勝手なことを言っている二人。舞はまだ放心状態から抜け切れていないのか、意味不明の言葉を発する。
「神……瞳……これ……絶対……おじーちゃん……気が済まない……」
『――は!?』
 二人がハモって舞に聞き返したが、彼女はただ宝箱の中を指さすだけだった。
 そして二人は促されるまま宝箱の中を覗き込み、
「……!?」
 舞と同じく、目が点になった。
 その宝箱に入っていた『神の瞳』とは――。
「メ……メガネ……!?」
 そう。そこに入っていたのは、いかにも古めかしい、かなりの年代物の、たった一つのメガネだった。
「これが……『神の瞳』!? それまで見ることができなかったものを見るようになれるっていう……?」
「まぁ……そう言われてみりゃ、そうだろーな。昔の奴らにとっちゃ、メガネなんて高価なものだったんだろう。多分……」
 呆れ顔で二人がボヤく。
 そして、ようやく我に返った舞が拳を握り締め、先程の意味不明の言葉を繰り返した。
「『神の瞳』だなんてゆーからどんなすごいものかって思ってたのに、何なのこれ! 帰ったら絶対おじーちゃんを殴ってやるんだからっ! そうしないとあたしの気が済まないっっ!」
「……その時は、俺たちも加勢するよ」
 敬が呟くようにそう言い、ゆっくりと宝箱のふたを閉める。……悠はまだ呆けている。
「持って帰ったって仕方ないし、このまま置いとこう……」
「何年か経ったら、某鑑定番組に出すって手はあるけどね」
「……帰ろうか……」
 疲れた声で敬が言い、悠をずるずると引きずったままで洞窟の出口へ歩き出す。
「あーあ……結構期待してたのになー」
 舞が残念だと言わんばかりに大きな声でボヤいた。
「俺に言うなよ……」
 そう言う敬の口調からも無念の響きは感じられる。
 すると、ようやく復活した悠がむくりと起き上がって敬の手を振り払い、立ち上がった。
「じーちゃんがオレたちに何も言わなかった訳がやっと分かった! ったく、いー年して孫をからかうんだから! 下手したら死んでたかもしれないのにさー!」
 拳を握り締めてわめいているが、敬に引きずられた時にあちこちの岩でぶつけたらしく、だらだらと血を流しているのでその言葉にもなかなか迫力がある。
「こんなことなら早めにじーさんの息の根止めとくんだったな……」
「おじーちゃんに慰謝料貰わないと絶対にあたし、納得できないんだからぁっっ!」
 悠、敬、舞がそれぞれ祖父に対する悪口雑言を並べ立てながら洞窟を出ていく。
 三人はそれから、敬が造ったいかだに乗り込んで無事に家路に着き――逃げ支度をしていた祖父を袋叩きにしたそうである。



 END



《コメント》

 楓がギャグ作家だと思われたらどうしようってカンジのバカ話です。
 でも、パーッと読めるバカ話を書こう、と思って出来たのがこれですから自業自得ですね。
 最初は「ロビンソンクル−ソ−漂流記」みたいなのを書こうとしてたんですけど、全然変わっちゃいました。
 何でだろ(笑)。
 ちなみに宝物探索隊と化すこのおバカ三人組、懲りもせずに続きを考えています。
 そのうち掲載すると思いますので皆さん、期待しないで待っていて下さいね☆


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