君たちと出会えた本日、天気晴朗なり。      原案/ 衛澤蒼さま  小説/ 霜月楓

1.

「んー、いい天気ー!」
 抜けるような弥生の青空を振り仰いでから、大きく伸びをする。流れる風は心地良く、疲れも一遍に吹き飛んでしまいそうだ。
 今日は久し振りの上天気。折角の日曜日、部屋に籠っているのが勿体無くて、思い切って出て来て大正解。
 方向音痴故、この後無事に我が家に戻れるかどうかは……今は、考えないことにする。考えちゃ駄目。
(さーて、何食べようかなー)
 私は先週この街に引っ越して来たばかり。山のように積み重なっていた段ボール箱の整理もようやく終わったので、街の見学も兼ねてお昼ご飯を食べに出て来たところ。
 フレンチ、中華、イタリアン……うーん、お昼からそれはちょっと贅沢かな。丼……これはちょっとキツいか。かと言って、うどんもパッとしないし……あ、そうだ。

「カレー?」

 そうそう、カレーがいい…――って、あれ?
 私は、私の心の中を覗いたかのような声が聞こえた方を振り返った。
 私より少し年上くらいの女の人が、困ったように小首を傾げている。そして女の人の横には、同じく困ったような顔で携帯電話を折り畳んでいる、背の高い男の人。
 何だろ、お昼に何を食べるかの相談かな――そんなことを考えていた私に気付いた女の人が、パッと顔を輝かせてこちらに駆け寄って来た。
「すみませーん!」
「はい?」
 近くで見ると、結構可愛い人だ。
「この辺に二号店、ありますか?」
「………………………………は?」
 女の人の問い掛けに、私は間抜けな返答しか出来なかった。ニゴウテン?
「幸さん、それじゃ分からないよ」
 私と女の人のやり取りを苦笑しながら聞いていた男の人が、そのままの表情で歩み寄って来る。うわ、カッコイイ。
「この街にある『港湾灯二号店ハーバーライト・セカンド』ってお店に、どうやら知り合いが行ったみたいなんです。カレーのお店なんですけど、ご存知ないですか?」
「さぁ……すみません。私、最近越して来たばかりなので」
 私の答えに、女の人がうーん、と低く唸って男の人を見上げた。
「やっぱり、情報が少な過ぎますよね。もうちょっと何か……せめて大体の住所くらいは知っておきたいんですけど」
「そうだよねぇ……いきなり『港湾灯二号店ハーバーライト・セカンドに行ったらしい』とだけ言われても、どこをどう探せば良いのやら」
「うーん……」
 二人して顔を見合わせ、深々と溜息をついている――すごく困ってるみたいだ。私、何か手伝えないかな?
「あのっ! お邪魔でなかったら、私も一緒に探しましょうか? 丁度カレーを食べたいって思ってたところだから、そのお店にも行ってみたいですし」
「え? でも……いいんですか?」
 女の人のその問いに、私は大きく頷いた。
「はい! ……あ。私、瀬野雪羽せのゆきはって言います」
 言った途端、男の人が可笑しそうに笑った。「せのゆきは、さんね。……偶然ってすごいなぁ」
『はい?』声を揃えて首を傾げる私と女の人。
「俺は工藤智哉くどうともや。そして、こっちが」
長谷野幸はせのゆきです」
「せのゆきはと、はせのゆき……あ、なるほど」
 私が頷くと、「ほんとだ、すごい偶然ー!」と長谷野さんもポンと手を打つ。
 よくよく見ると、彼女の左手、ほぼ全ての指が包帯でグルグル巻き。右手も親指に包帯が巻かれている。どうしたのかな?
 私のその視線に気付いたんだろう。長谷野さんは両手をヒラヒラ振ってから、恥ずかしそうに肩を竦めてみせた。
「昨日、久し振りに料理をしたら、ちょっと失敗しちゃって」
 ちょっと、というレベルなんだろうかこれは。どうやったらここまで大惨事が引き起こせるのか、ちょっと聞いてみたい。
 長谷野さんはその後も「林檎の皮剥き失敗したなんて、何年振りかなー」なんて呟いて、隣の工藤さんに苦笑されてた。それでまた恥ずかしそうに笑う長谷野さんは、同性の私から見ても可愛らしい。隣の工藤さんは、彼氏なんだろうか?
 そのとき、長谷野さんの鞄から携帯電話の着信音が鳴り響いた。慌てて鞄の中身を探り、携帯を取り出す長谷野さん。
「はいもしもし? あ、お疲れさまーどうかした? うん……うん……あ、OK取れた? ありがとうー。じゃあ後は入稿作業か。写真は実データだよね?」
 仕事の話かな。長谷野さんは何やら楽しそうに話をしている。きっと、仕事が好きなんだろうな。彼女の表情を見れば一目瞭然だ。
「色チップがキャビネットにあるでしょ? それで近い色を――そういえば、池谷さんが出社してなかった? 池谷さんに色の確認をしてもらって…――はぁっ!?」
 突然、長谷野さんが素っ頓狂な声をあげた。
「な……何たる所業、許すまじ! いいよ放っておいても。明日、高樹さんに言い付けてやるんだから!」
 頬をふくらませて憤慨してみせる長谷野さん。何が起こったんだろう。
 私が小首を傾げていると、工藤さんが「幸さんは、印刷物のデザイナーなんですよ」と説明してくれた。あら、これまたすごい偶然。
「私も四月からデザイナーなんです。ちゃんとやって行けるのか、ものすごく不安なんですけど」
 私のその言葉に、工藤さんは「デザイナー……なるほどね」と呟くと、とても優しく笑ってくれた。いいなぁ、こういう笑顔。
「はじめは大変だと思うけど、いつかきっと努力は実りますよ。頑張って下さい」
「あ、はい! ありがとうございます!!」
 工藤さんはもう一度微笑み、そして長谷野さんを振り返ると、私に向けたのとは違う微笑みを見せた。それは、優しく包み込むような微笑み――きっと、工藤さんは今までずっとこんな表情かおで、長谷野さんを見守ってたんだろう。
 つられて私も視線を転じる。長谷野さんは電話の相手にテキパキと指示を出してから、相手に何か言われたんだろう。楽しそうに笑った。
「あはは。うん、大丈夫。今日中には帰れると思うし。あ、お詫びに高樹さんと中原くんにお土産買って帰るから、期待しててね。…………池谷さん? 誰ソレ? アタシソンナ人知ラナイヨ?」
 池谷って人、一体何を仕出かしたんだろう。
「じゃあ今日はほんと突然ごめんね、後はよろしく」
 そして長谷野さんが電話を切ると、「仕事、大丈夫だった?」と工藤さんが声を掛ける。
「はい、中原くんが――あ、後輩なんですけどね、色チップの場所を聞いて来たんです。後は任せて大丈夫みたい。ほんと、頼りになる後輩が来てくれて助かりました」
「うーん、普通は『頼りになる先輩がいてくれて助かった』って後輩に言われなきゃいけないんじゃないかな?」
「むぅ……」
 困ったように眉を寄せる長谷野さんに、工藤さんは苦笑してみせた。仲がいいなぁ。羨ましい。
「ところで」
 さっきから疑問に思っていたことのひとつを、二人に質問してみる。
「カレーのお店に行ってる二人の知り合いって、携帯で連絡取れないんですか?」
 本人に電話するのが一番手っ取り早いのに、と思いながらそう尋ねたけど、二人は揃って首を振った。
「携帯はちゃんと持ってるんですけど……でも今、逃亡中なんですよ」
「……は?」
 工藤さんの言葉で、目が点になる私。と、逃亡中!?
「俺たちの『先生』なんですけど、現実逃避にこっちまで逃げて来たみたいなんです。で、俺たちに『強制捕獲指令』が下った訳」
「きょ、強制捕獲……」
 どれだけ凶暴な人物なんだろう――私のその考えを読んだのか、工藤さんがヒラヒラと手を振る。
「あ、この場合の『強制』は、俺たちにとっての『強制』なんです」
「そうそう。問答無用。あたし、今日も仕事があったのに駆り出されちゃったんですよー」
 もういい迷惑! と口を尖らせる長谷野さんに苦笑し、工藤さんが私を見遣る。
「この街に降り立ったのは間違いないんです。で、ついさっき『港湾灯二号店ハーバーライト・セカンドにいるんじゃないか』って追加情報も入ったから……全く、いつも気の向くまま行動する人だから困ってしまいます」
「はぁ」
 私が曖昧に頷くと、長谷野さんが人指し指を立ててそれをグルグル回し始めた。
「もう一箇所、いる可能性が高い場所があるんですけどね。でも、そっちにはもう一人が急いで回ってくれたんです。『あっちは俺が探すから、こっちは二人で捜せ』って――要するに、あたしはお邪魔虫ってことですよね。ひどーい」
 後半部分は工藤さんに向けて愚痴る長谷野さん。
「こういうときは『お邪魔虫』じゃなくて『足手纏い』じゃないかな」
「……そうとも言いますね」
 漫才コンビなんだろうか、この二人。
「えっと、じゃあその『先生』を探して、ここに?」
 私が尋ね、長谷野さんが頷いていると、近くを通り掛かった人に工藤さんが歩み寄って話し掛けた。お店のことを尋ねているんだろう。
「あの、長谷野さん」
 せっかく二人きりになったことだし。さっきから疑問に思っていたことのふたつ目を、こっそり聞いてみることにしよう。
「工藤さんって、長谷野さんの彼氏さんですか?」
「は?」一瞬固まった後、長谷野さんが可笑しそうに大笑いをする。
「違いますよー。智哉さんは――」
 そのとき、前方の工藤さんが「二人とも」と振り返った。
「分かったよ、『港湾灯二号店ハーバーライト・セカンド』。あっちにあるんだって」
 教えてくれた人に会釈をしてから、工藤さんが前方を指差す。どうやら目的のお店は駅前にあるみたいだ。
 結局、二人の関係については聞きそびれてしまった。残念。




2.

 駅前の楢の木通り沿いに、そのお店はあった。
 ここ何年かの内にオープンしたお店なのかな、まだ新しい感じがする。六枚の板硝子がはめ込まれた扉は木製。そして、流木を削ったような木目の板に店名が刻まれていた。

港湾灯二号店ハーバーライト・セカンド」。

 木目の板に刻まれた名前を読み上げると、「Curry Shop」とその傍に添えられているのも目に入った。店内から漂う、芳醇な香りに心惹かれる。
「わぁ……」
 中に入るとすぐに、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。カウンタに止まり木が五つ、そして二人掛けのテーブルが二つ――そんなのをパッと見て思ったのは、船の船倉。
 港が近くにある訳でもないこの街で、どうして「港湾灯ハーバーライト」という名前なのか分からないけど、「二号店」というからには、もしかしたら「一号店」と同じような作りにしてあるのかもしれない。
 お昼の時間から大幅にずれているけれど、店内は大繁盛だった。大人気店みたいだ。
 カウンタの奥ではかなり若い男の人――店主さんかな?――が、背広を着たお客さんの前に何かを置いているところだった。皿……じゃない。鉄板? 何で?
 私がきょとんとしていると、「いらっしゃいませ。」と店主さんが声を掛けてくれた。
 頭に鉢巻きをして、首から指輪をペンダントにして下げている。腕白坊主みたいな部分を残した笑顔に、私は思わずクラッとした。うわ、カッコイイ。
 私が不躾に店主さんを眺めている間に、工藤さんと長谷野さんは「人が多いねー」なんて言い合っていた。
 そうこうしているうちに、タイミングが良かったんだろう。カウンタにいた団体さんが帰って行く。店主さんがカウンタの上を手早く片付けて「お待たせしました。」と声を掛けてくれたので、三人して止まり木に腰を下ろした。
 このお店の人に話を聞くんなら、カウンタ席の方がいいよね――そんなことを考えつつ、店主さんに見入っていた私の横では工藤さんと長谷野さんが「美味しそうな匂いだね」なんて言い合っていた。
 確かに、店内はすごく美味しそうな香りが充満してて、それだけでもクラクラ来るけど。でも、見るべきところは――
「綺麗な双眸の人ですね」
 ボーッと店主さんを見ていた私に、ポソッと長谷野さんが耳打ちして微笑んだ。
 いや、勿論そうなんだろうけども。でも、まずは彼の整った顔について論議を――って反論したかったけど、我慢した。
「……」
 長谷野さんの表情を見たら、反論なんて出来なかった。きっと長谷野さんは、人を見た目とかで判断することはしないんだろう。私だったら、すぐ美醜に目が行っちゃうんだけど。
「でも、『先生』はどこにもいないみたいですね。ほんとにここに来たんでしょうか?」
 もう一人カウンタ席にいる先客や、テーブル席の人たちに二人が何の反応も示していないところを見ると、彼らは二人の『先生』じゃないんだろう。
「うーん……そうだって聞いたんですけどね。もしかしたら、もうここを出た後なのかも」
 どうしよう、と二人が言っている間に、私の目の前にもさっきの鉄板が出て来る。銀色のステンレス板に四つの窪みがついた、大きな大きな皿。
 その内のひとつ、一番広い窪みにはご飯が盛られていた。そしてその上に掛かっているのは黄色いカレーソース。これがまた食欲をそそる。市販のものじゃない証だ。大きく切られた野菜がゴロゴロしてて、見てるだけでも口の中に唾が溜まって行く。カレーの隣には、スプーンが収まってる細長い窪み。そしてカレーの上には二つの窪み。ひとつにはプラスチック製のコップ――カレーには水、ってイメージがあったんだけど、ここでは牛乳がそのコップに注がれている。最後のひとつの窪みは空っぽ。カウンタの上に並んでいる容器から、付け合わせの漬物を入れるようになってるみたいだ。
「わーすごい! 面白ーい!」
 長谷野さんが目を輝かせる。面白いものが好きなんだろうか。
 スプーンを手に取り、まずは一口。文句なしに美味しい。
 チラリと横に視線を向けると、工藤さんと長谷野さんが、それぞれ何やら感慨深そうに頷いたり目を輝かせたりしていた。
 美味しい美味しいを連発する私たちに、店主さんは嬉しそうに誇らし気に微笑んだ。そして、彼の前でコーヒーを飲んでいる先客もその様子を見てまた微笑んだ。
「あ、すみません、お騒がせしてしまって」
 長谷野さんがペコリと頭を下げると、彼はこちらに視線を向けて来た。
 地味な色の背広と眼鏡の、すごく優しそうな人だ。でも、それだけじゃない。私でも分かる――彼はすごくお洒落な人だ。彼が今付けているネクタイだって、ものすごくセンスがいいものだから。こんな風にさり気なくお洒落が出来るように、私もなりたいな。
「美味しく食べている人の笑顔は、何よりの御馳走ですよ。……な、拓海。」
 彼の言葉に、店主さんは「ああ。」と頷いてからこちらへ視線を転じた。
「ところで。さっき言ってた、誰かを探してここに来たってのは、何ですか?」
「あ」
 長谷野さんが口の中のカレーを飲み込んでから、店主さんを見上げる。
「あの。私、長谷野幸と言います。うちの『先生』が、今日ここに来たらしいんで、連れ戻しに来たんですけど……」
 そして長谷野さんは、その『先生』の名前と体つきについて説明を始めた。
「あ、もしかしたらさっきの人かも?」
 先客さん――霧嶺次郎きりがねじろうさんと言うらしい――が、店主さん、石和拓海いさわたくみさんを振り返る。
「カレー二杯を完食して、『一度ここのカレーを食べてみたかった』って感激してた人じゃないかな?」
「ああ、あの人か。」
 石和さんが頷く。
「あそこまで気持ちいい食べっぷりの人は、なかなかいないからな。おれも嬉しかったよ。」
 本当に嬉しそうにそう言って笑う石和さん。きっと彼は、自分のカレーに自信と愛情を持っているんだろう。
「どこに行くとか、話してませんでした?」
「俺は聞いてないですけど――」霧嶺さんが石和さんを振り返る。「拓海は?」
「そう言えば、『エビカツ』って言うのを聞いたような……。」
「……エビカツ?」
 工藤さんがきょとんとし、長谷野さんが首を傾げる。
「え? でも、ここでこの・・カレーを二杯食べた後……ですよね? その上、エビカツってのはさすがに……」
「でも、あの人・・・だし……」
「…………」
「…………」
 どうしたんだろう。二人して黙り込んじゃった。
 でも、ここでカレーを食べた後にまた何かを食べられるというのは確かにすごいと思う。ここのカレーは、ものすごく美味しいけど、ものすごく量が多い。男の人なら何とか完食出来るのかもしれないけど……。
 ただ、例えこれが完食出来なかったとしても、私はきっとまたこのカレーを食べたいと思うに違いない。それははっきりしている。
「あの。それで、その『エビカツ』に心当たりとかはありますか?」
 工藤さんと長谷野さんは、一様にこめかみを押さえて唸っている。今話し掛けても、きっと溜息しか聞けない気がした。だから私は、二人の代わりに石和さんたちにそう聞いてみた。
 ……とは言うものの、正直、期待はしていなかった。だって、エビカツなんてあちこちにゴロゴロしてるんだもの。突然手掛かりがなくなっちゃって、これからどうすれば良いのやら。
 ――でも。
「なくもないけど……いやでも、まさかな……。」
 石和さんが、難しそうな顔をして低く唸る。
「?」
 私が首を傾げると、石和さんは言葉を続けた。
「おれたちが前に働いていたファストフード店のエビカツバーガーは、他の店のものより断然秀れてる――でも。」
 そんなこと一体誰から聞いたんだろう、と石和さんは呟いてから、霧嶺さんに視線を転じた。
「ジロ、船井さんに――。」
 そのとき、長谷野さんの鞄の中から高らかにメロディーが鳴り出した。慌ててスプーンを置き、携帯電話を掴む長谷野さん。
「ちょっとすみません」
 長谷野さんは一同に会釈し、席を立つと出口の方に歩いて行った。お店の外で話をするんだろう。
 彼女の後ろ姿を見送ってから、私は石和さんに向き直った。
「そのお店、ここから近いですか?」
「小城駅の近くだから、まぁそんなに時間は掛からないと思いますけど。」
 そして霧嶺さんが、工藤さんの差し出したメモ帳に略地図を書いてくれた。駅の近くなら、そんなに迷うこともないだろう。
「でも、もし今そこにいるんなら、すぐに向かったとしても入れ違いになると思いますよ。電話で――。」

「いたの!?」

 突然、店内にも聞こえる大声が響いて来た。店の外で誰かと話をしていた長谷野さんの声だ。
「MAX? え……エビカツバーガー、五個、完、食?」
「……見付かったみたいだね。」
 霧嶺さんが目を細めて微笑むと、石和さんも「五個完食か、それはすごいな。船井さんも真っ青だ。」と呟いた。
 と、そこで長谷野さんが「悠哉が見付けたって!」と喜び勇んで駆け戻って来た。
 どうやら、「MAX」と言う名前のファストフード店でエビカツバーガー三個目に手を付けようとしたところを「捕獲」したらしい。
 捕獲者の「悠哉さん」は、誰かにその「先生」を引き渡してから、今こちらに向かっているとのこと。……でも、そもそも「悠哉さん」って、誰だろう?
「時間的に、既に別の所に向かっている可能性が高い、って言ってた悠哉の読みは当たったね」
 工藤さんが感心したように頷いていると、長谷野さんが「ついでだから悠哉、『先生』が五個目を食べ終わるまでの間にそこのエビカツバーガーでお昼にしたんだって。すごく美味しかった、って言ってました」
 長谷野さんのその言葉に、石和さんと霧嶺さんは嬉しそうに頷いた。そっか、前にそこで働いてたんだっけ。だったらやっぱり嬉しいよね。
「悠哉が美味しいって言うくらいだから、相当美味しいんでしょうね。この前なんて、一緒にXainザインのライブに行ったんですけど、そのとき――」
 どうやら不味いハンバーガーを食べたことがあるらしい長谷野さんが愚痴り始めたけど――私は聞き逃せない名前を聞いて即、反応した。
「あ。長谷野さんもライブ行ったんですか? 私も行きました!」
「わー、瀬野さんも!?」
「はい! もうすぐニューシングルも出ますよね。CMで流れてる南部さんの声に私、もうクラクラしちゃって!」
 Xainザインのボーカリスト、南部創志みなべそうしさんの歌声は、女の子を瞬殺出来る威力を持ってると思う。
 思わぬところでまたも類似点を見付けて私と長谷野さんが盛り上がっていると、石和さんも霧嶺さんの方をちらりと見遣った。「そういえば、ジロも大学の卒論で南部創志について書いてたよな。」
「ああ。南部創志の詩作における隠喩メタファの重要性について、だけどな。」
『! ほんとですかっ!?』
 霧嶺さんの言葉に反応した私と長谷野さんが、目を輝かせて勢い良く彼の方を振り返る。それでちょっと驚いたみたいに霧嶺さんが瞬きをし、石和さんが苦笑する。後ろの方からは、「二人とも、『先生』のことすっかり忘れちゃってるね」という苦笑混じりの声が聞こえたような気がした……ゴメンナサイ、工藤さん。




3.

 私たちは随分長い時間、お店の中にいたみたいで、外に出ると既に太陽が傾き始めていた。
 長谷野さんが「あれ」と呟いて自分の左手を見下ろす。真っ白い包帯に、黄色いシミが出来ていた。カレーのルウが飛んじゃったんだろう。
「うわー」なんて呻きながら長谷野さんがクルクルと包帯を外していると、工藤さんが前方に目を向けて「お疲れー」と声を掛けた。
 見ると、一台の車がゆっくりとこっちに向かって来ていた。運転席にいる男の人が、工藤さんに応えて軽く手を挙げている。
 やがて彼は道の端に車を停めると、頭を掻きながら降りて来た。この人が「悠哉さん」なのかな?
「ったく、今日は散々な日だな。久し振りの休みだってのにあっちこっち動かされて…――あれ」
 工藤さんに愚痴をこぼしていた悠哉さんが、私に気付いて不思議そうに瞬きをする。
「あ、悠哉。この人は瀬野雪羽さん。俺たちと一緒に『先生』を探してくれてたんだ」
「せのゆきはさん、ね」
 悠哉さんはチラリと長谷野さんの方に視線を向けてから面白そうに唇の端を上げ、そして私に向き直ると軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「い、いえっ! 私は何もしてませんし!!」
 慌てて両手と首を振ると、ふんわりと悠哉さんは笑い、長谷野さんに向き直った。
「ついでだから、『MAX』でエビカツバーガー買っといた。夕飯のときに食うか?」
「うん!」
 長谷野さんが嬉しそうに頷くと悠哉さんはそれに笑い返し、工藤さんに視線を転じた。そして、呆れたように溜息をつく。
「……兄貴の分もちゃんと買ってるから、そんなにもの欲しそうな顔するな」
「ありがとう」
 工藤さんがにっこり笑ったところで、悠哉さんの携帯が鳴り出した。途端、悠哉さんが渋面になる。
「今日はよく電話が掛かる日だな、全く」
 ブツブツ言いながら悠哉さんが携帯のサブウィンドウを見下ろし、渋面のまま小さく溜息をつく。でもすぐに気を取り直したような顔で通話し始めた。
「はい、長谷野です…――ああ、お疲れ。どうかしたのか?」
 …………長谷野悠哉さん、か。なるほど。
 チラリと横目で、包帯の取れた長谷野さんの左手薬指を見ていた私に、長谷野さんが振り返ってペコリと頭を下げた。
「瀬野さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえ! 私は結局何もしてないですし、お昼だって御馳走になっちゃって。却って申し訳なかったです」
 ペコリと頭を下げ返すと、長谷野さんは「そんなことないですよ」と微笑んだ。
「一緒にいられて、楽しかったです。……今度、どこかのライブ会場で会えるといいですよね」
「ですね」
 住んでいるところは遠く離れているけど、またいつかどこかで会える気がするのは、きっと私が長谷野さんとまた会いたいと願っているからなんだろう。
 太陽のような彼女の笑顔を見ながら私がそう思っていると、突然

「逃げた!?」

 悠哉さんの呆れたような声が聞こえ、私たちは慌てて振り返った。
「あ……ああ、なるほど。そういうことか……了解。じゃあそっちも探してみる」
 苦虫を噛み潰したような顔になった悠哉さんが、電話を切ってからこちらを振り返る。
「今から横浜に行かなきゃいけなくなった。あいつ、また逃げ出したんだとよ」
「またぁ!?」「それはまた……しぶといね」
 呆れたような長谷野さんと工藤さんの言葉に、悠哉さんが深々と溜息をつく。
「っていうか、何で横浜?」
「さぁ」
 首を傾げてから、悠哉さんが車の方に視線を転じる。まだ買って何年も経ってないんだろう、すごく新しい。
「じゃあ、行くか」
「はぁい」
「仕方ないなぁ」
 三人が口々に言い合い、そして、私の方を向く。
「じゃあ瀬野さん、暗くなって来たから家まで送るよ。――いいよな悠哉?」
 工藤さんの言葉に、悠哉さんが「当然」と言うように頷いてくれる。
 もう少しこの人たちと一緒にいられるのが嬉しくて、私はペコリと頭を下げてから、沈んで行く太陽に視線を転じた。
「それにしても、今日はほんとに天気良かったよねー」
 長谷野さんが、私と同じように太陽を振り仰いでそう言うと、「本日天気晴朗なり、だね」と智哉さんが笑った。
蒸籠蒸せいろむし?」
 …………長谷野さんの口から何か聞こえた気がしたけど、聞こえなかったことにしよう。
 本日、天気晴朗なりて我が心も晴天なり。きっと明日も、明後日も。



 END



《コメント》

デジタルノベル制作で御一緒させて頂いた衛澤さんリクエスト。衛澤さんの「天気晴朗なれど波高し」の面々と楓の「君の居場所」の面々とが、「連載の五年後」に出会った、という設定で書かせて頂きました。
なので、「君の居場所」の「君」と「天気晴朗なれど波高し」の「天気晴朗」を合わせた、長い題名になっています。
「遊んで良い」ということでしたので、私なりに遊ばせてもらいました。ここで出て来た「先生」というのが、私のことです。いいんだろうかそんな設定。
あと、分かる人には分かる小ネタもいくつか鏤めてみました。分かりますか?(笑)


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