第六話

公園と思しき場所。色調暗め。克己が落ちつかなさげにうろうろしている。
長い黒髪が画面手前に現れる。克己、表情を緩める。
「びっくりしたよ、五峰が呼び出すなんてこと今までなかったから」
「ちょっと聞きたいことがあったから」
「…何?」
告白の返事が聞けると思っていたのだろう、克己少し落胆というか、怪訝そうな表情。
「あなたこの前あたしのこと好きって言ったけど、あれってどういう意味?」
唖然とする克己。
「どう、って言った通りの意味だよ」
「あたしを女として好きってこと?それとも友達として?」
「そ、そんなの決まってるだろ!」
馬鹿にされたと思ったのか克己、声を荒げる。
「そうなの。…友達としてならもしかしたらと思ったけど」
「何言ってるんだよ?俺のことが嫌いならはっきりそういえば良いだろう?別に責めたりするつもりはないんだからさ」
す、っと紫の瞳が細くなる。
「嫌いなんかじゃない。好きよ。大好き」
克己、嬉しそうな顔をする…ほんの一瞬。
「だからさようなら」
流れるような動きで紫の握り締めた銀の拳銃、克己の心臓を射抜く。
(無音。血飛沫が飛び散る)
「…!?」
訳もわからずただ地に背中から倒れこむ克己。
紫を視界に捕らえながらも言葉を発することが出来ず、やがてこときれる。
「…ごめんなさい」
紫、拳銃を仕舞うと踵を返し歩き始め…立ち止まる。
目の前に口をおさえた泉が立っている。

「何…してるんですか、先輩」
姿を認めた瞬間こそ狼狽した様子をみせた紫だったが、もう無表情に戻っている。
とはいえ、微かな動揺は隠せない。
「見た通りよ、泉。偶然ね、こんな所で会うなんて」
「ど…して?九藤先輩のこと好きなんでしょう?どうして…」
震えながら紫に訊ねる泉。
「好きだからよ」
紫、自虐的な笑みを浮かべる。
「好きだから、真由子も殺した」
「嘘」
「あたしはね、弱いの。自分が傷つくことが一番怖いの。だから傷つけられる前に対象を消す。さみしくなんてない、大勢の中で孤独を感じるより、初めから孤独で居れば痛みを感じずに済むもの」
憑かれたように喋り続ける紫。
「初めて裏切られた時、こんなに痛いことがあるなんて思ってなかった。あんなに好きだった人をこれ以上ないくらい憎く思えることが悲しかった。自分と言う存在を軽くみられたことが悲しかった。もう、二度と立ち上がれないと思うくらい、辛かったわ」
「真由子はそんな傷ついたあたしを癒してくれた。あたしを立ち上がらせてくれた。彼女の存在があたしの中で大きくなっていく度、あたしは震えなければならなかった。彼女によってもたらされるかもしれない痛みに。彼女はあたしを裏切るかもしれない。あたしが彼女の嫌な面を知ってしまうかも知れない…人を好きになることは簡単だけど、嫌いになることは容易でないわ。だって、すごく苦しいの」
「無理なの。あたしには無理なのよ。普通に人を好きになることができない。あたしの中に誰かが入ってくるのが怖いの。心が動くことが怖いの。深く関わる事が怖いのよ」
「あたしは壊れてる。あたしは欠落人間なの。あたしは…っ」
おもむろに泉に向かって拳銃をかまえる紫。が、黙って聞いていた泉、動じない。
「その拳銃を、あたしにも貸してください」
紫、不思議そうに泉を見つめる。
「あの時先輩があたしのことを弱いって言った訳、わかった気がする。先輩はちゃんとわかってたんですよね。あたしが同類だってことに」
「泉」
「先輩の考え、わかるもの。だから無意識の内に惹かれてたのかな、ずっと」
泉、拳銃に触れる。
「誰にも言ったりしない。これはあたしと先輩だけの秘密」
紫、拳銃から指をはずす。






第七話

銃声と共にドン、とカメラ(手前)にぶつかる黒い影。
ずるりと滑るように下へ移動し画面から消える。その向かいには拳銃を構えた泉。
泉の顔のアップ(正面)。額に汗が浮いている。呼吸を整えようと上下する肩。
泉の目のアップに切り替わる。荒い息遣いは継続している。
目に映る照り返しが狂気を僅かに滲ませている。

キーンコーンカーンコーン、というチャイム音(僅かに反響するような、少しいびつな音)。
校内の様子が断片的に画面に現れる。
生徒たちの声が重なる。
「また、うちの生徒が撃ち殺されたって」
「何でうちばっかり…?うちに恨みがあるの?」
「気持ち悪いよ。これで三人目」
紫と泉が屋上に座っている。高く広がる空は目が痛いほどの鮮やかな青。
生徒の声、続いている。
「みんないい人って評判の人ばかりじゃん?あたしやばいかも」
「ばーか」
泉、自分の肩を抱くようにして座っている。小刻みに震える体。涙のたまった瞳。
そんな泉は視界に入れず、紫、黙って座っている。
泉、無理に唇を笑みの形に歪ませて言う。
「これでいいんですよね、先輩。…でも震えが止まらないんです。何でだかわからないけど止まらないんです。痛い…苦しいんです、先輩」
「裏切られる痛みに比べたらこんなの何てことない…その筈よ」
顔を伏せる泉。紫、視線は変えぬまま、続ける。
「すぐに麻痺するわ、大丈夫」

裕福そうな家の一室…食堂。
紫、テーブルについて食事をしている(カメラの真正面。両側には両親と思しき人の手だけが映る)。
「最近、このあたり物騒よね」
「例の連続射殺事件だろ。紫の学校の生徒ばかり殺されてるっていう」
紫、無表情に食事を続けている。
「真由子ちゃんも九藤君も同じクラスだったのに…。紫、あなたも気をつけなさいよ。心配だわ。早く犯人が捕まったらいいのに…」
「うん」
頷いた後、父の意味ありげな視線に気づく紫。
「もしかしてあたしを疑ってるの、お父さん」
「何言ってるんだ、そんな訳ないだろう」
「そうよ、どうしたの紫?何言ってるの?」
紫、にっこりと笑う。普段は殆ど見ることの出来ない輝くような笑顔…偽りの。
「心配しなくてもお父さんに借りた銃はちゃんと机にしまってあるから」
「だから疑ったりしてないって言ってるだろう」
「そうよ、紫がそんなことする訳ないんだもの、馬鹿ね」
「ごちそうさま」
おもむろに席を立って階段へと向かう紫。
「あらもういいの?せっかく好きだと思ってたくさん作ったのに」
「宿題があるから」
暗い階段を上がっていく紫。その表情はそれ以上に暗い。






第八話

画面黒。
呟く様な泉の声。
「あたしは何処にでもいる普通の女の子」
「友達も憧れの先輩もいるし、平均的で幸福な女子高生」
「でも時々、意識に上ってくるどうしようもない空虚な感情を持て余している」

セピア色の画面。回想場面。
電車の扉の前で紫と真由子が談笑している。
離れた所でそれをみている泉。うっとりしたような、羨ましそうな顔。
二人のアップ(頭)。
場面切り替わって、泉の頭のアップ(斜め後ろからのアングル)。
ショートカットになっている。
「あれ、泉、髪切ったんだ」
「いいじゃん。かわいいよー」
周りの友人たちの声。けれど泉、毛先をつまんで不服そう。
「やっぱり髪質が違うのよね」
「あ、わかった。溝口先輩の真似だ」
「泉、あの二人のファンだもんね」
「それはそれでかわいいよ?逆にうらやましいし」
「そお?」
「髪形真似したって先輩になれる訳じゃないんだしさ」
一瞬真顔になる泉。すぐにひきつった笑顔になって。
「はは…。そりゃそうだよね」
泉の声。「あたしはからっぽ」
「構成するものは何もない」
「そしてそれを認めさせられることをずっと、恐れている」

少女たちの声だけが響いている。
「泉はいつもそう」
「何にも考えてないでしょう」
「要領がいいよね」
「本当にそう思ってる?」

泉の声。
「わかってる。そんなこと自分が一番よくわかってる」
「それ以上言わないで」
「これ以上自分を軽蔑したくない…」

銀の拳銃を握り締める指。
泉の声、続いている。「あたしは溝口先輩になれる位置に来ている」
泉の顔(物憂げ)が被さる。
「あたしが望んだことのはずなのに…これからあたしはどうなるのかまるで先が見えない」
「あたしはまだ人を殺せるだろうか」
「殺せないあたしを先輩が見限ったら?」
紫の顔(笑顔)。
「あたしが薄っぺらな人間だってこと、先輩が知ったら?」
紫の顔(無表情)。
「きっとあたしから離れてしまう」
紫の顔(興奮)。
「そんなこと…」

銃身のアップ(カチャ、という音)。
額にあてられた銃口。
画面切り替わる。銃口をあてられているのは紫だとわかる。
紫に動じる様子は見えない。無表情。
「こうなることは、目に見えてましたよね。あの日あたしがこれを受け取った時に」
真っ直ぐに腕を伸ばし、銃を構えている泉。






第九話

前回のハイライト。
「こうなることは、目に見えてましたよね。あの日あたしがこれを受け取った時に」
銃口をあてられたままの紫、静かに口を開く。
「そうね。ずっとこうなることを望んでいたような気がするわ、あたし」
ぎり、と額に銃口強く押し付けられる。
「ずるい。残酷です。人に深入りさせといて自分はそれを拒むなんて」
「あなたが遅ければあたしがあなたを殺してたわ」
「…!」
瞠目する泉。
「知ってる?あたしたち今、とんでもないことをしでかしている。でもあなたはあたしについて来てくれた。理解できない、って警察に突き出さなかった。あたしに幻滅することなく、慕ってくれた…もしかしてあなたは信じられるかもって今はまだ思ってるのかも知れない」
泉、左手で顔を覆う。「やめて…やめて…」
「自分がいなくなるのがてっとり早いってこと、もっと早く気づけば良かった」
「あたしは裏切ったりしない…あたしは先輩を嫌いになったりしない…」
「そう。あなたがあたしを、あたしがあなたを好きな内に早く殺して。嫌われてから死にたくはないわ」
「あたしは嫌いになったりしない!」
「…あたしは…わからないわ」
目を見開く泉。パン、という銃声。
どさりと投げ出される紫の体。血飛沫。
絶望(放心?)した泉の表情。発作的に銃口を自身のこめかみにあてる。
引き金を引く。
カチリと乾いた音。弾切れ。
腕を投げ出し、絶叫する泉。

夕闇色に染まる電車内。規則正しい走行音。
文庫を読んでいる少女がいる。タイトルは「少女たちは天使を殺す」
やがて駅に停車し、少女降りていく。
少女が通り過ぎた座席に泉が座っている。
少女が傘を置き忘れたことに気づく泉。扉が閉まる。
傘を手に佇む。
フェードアウト(黒)。



 END



《あとがき》

何となく15分ドラマみたいなものを意識して書いてみました。
全9話っていうなんだか中途半端な構成になってしまいましたが。
今読み返しますと、精神的にお疲れ気味の時に書いたっぽい部分が随所に見え隠
れ。
人とのお付き合いの仕方って永遠のテーマですよね…。


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