どのくらい時間が経っただろう。
突然小夜子は思い出したように体を起こして私を見つめた。
その不安げな表情に胸が痛んだ。彼女らしくなく、激しく動揺しているのがわかる。
「ごめん、わ、私こんなことするつもりじゃ・・・。どうしよう、ねえ、痛かったでしょう?ごめん、ごめんなさい・・・」私の首に触れようとする小夜子の唇から血が滴るのが見えた。先刻まで私の中にあったもの。
何も知らない人が見れば世にもおぞましい光景だったかもしれない。私が化学室の前で震えていたように。でも今の私の中には彼女に対する愛しさしかなかった。子供みたいに取り乱して震える彼女が愛しくてたまらなかった。
何かを言う代わりに、私は彼女の唇の血を指で拭った。そしてその頭を胸に抱きしめる。
欲しかったおもちゃを手に入れた子供のように。

起きて鏡を覗くと、自分の首にくっきりと赤い痣が浮き出ているのがわかった。
痣に沿って指を這わせてみる。
得体の知れない、おぞましいもののようなイメージしかなかった首輪が、いざ自分のものになってしまうと誇らしいようないとおしいような、そんなものに思えるから不思議だ。
私も首輪つきになったんだ・・・。
昨日のことを思い出すだけで胸が高鳴る。
「どうしたの?雪ちゃん」
呆然としている私に亜紗子が声をかける。「どこか痛む?体がだるいとか?」
彼女は首輪つきとしては私より先輩なので、私の首に痣ができたことを知るといろんなことを教えてくれた。咬み痕の処置の仕方とか、生理中はやめた方がいいとか、どのくらい吸われたらまずいとか。
「ううん、大丈夫」
この首を人前に晒すことが少し気恥ずかしかったが、隠すのも不自然なので普通に着替える。
亜紗子と共に朝食をとりに食堂に行くと、さすがにまわりの少女たちがざわめくのがわかった。
うん、私は他の人と比べてとりたててどう、という人間でもないので何であんな子が選ばれたのかという感じなのだろう。ある意味私が無理矢理に選ばせたのだが。
ちょっとへこみそうになるが「気にしちゃ駄目よ」という亜紗子の言葉に気を取り直すことにした。
朝食の載ったトレーを持って、テーブルに並んで座る。
今日の朝のメニューは納豆に焼き鮭と玉子焼き、味噌汁にご飯というおそろしくシンプルなものだった。私は納豆が食べられない。食べたことがある訳ではないのだが、あの特有の匂いが駄目なのだ。食わず嫌いという奴である。
「・・・納豆とか食べた方がいいのかな」
私は思わず呟いた。そんな私を不思議そうに見る亜紗子。
「え?雪ちゃん食べれなかったよね?」
「でも血液さらさらにするって言うし」
数秒間の沈黙の後、大爆笑する亜紗子。
まわりの視線を浴びながらひとしきり笑い続けた後、「ゆ、雪ちゃんって・・・雪ちゃんって、かわいいよね・・・」
涙を浮かべながら言う友人を私は恨めしげに睨み付けてやる。
私はおかしいのだろうか?だって私は小夜子の糧という役目を負っているんだから。
彼女のために最高の状態で血を捧げてあげたいと思うじゃない?

他のコンビたちは二人で行動することが多いみたいだったが、私たちは今までのように当たり障りのない関係が続いていた。小夜子が何かしら多忙だったせいもあるし、二人ともがどちらかといえば受け身な性格であるということも一因だったかも知れない。
それでも以前よりはずっと親密になったと思う。彼女はもう血を我慢することはなくなっていた。
彼女は思い出したように不意に私の前に姿を現す。
「あのね、雪」
彼女は私をそう呼ぶようになっていた。私ももう「先輩」とは呼んでいない。
「喉が渇くんだけど、今日は大丈夫?」
礼儀正しくそう訊ねてくる彼女。
無意味に血を求めることもしない。
首に傷が残ることをしきりに気にしたりして。
「どうぞ、小夜子さん」
そんな殊勝な彼女がたまらなく愛しい私は、躊躇うことなく首を差し出す。
こんなの許されない関係なのかも知れない。狂ってるっていう人もいるかも知れない。
でも、既に私は走り始めていて、そして止まる術を知らなかった。知りたくもなかった。
最早、男なんて遠い存在になっていた。
あんなに汚れた、野獣のような行為をする男女間に比べれば、遥かに神聖な関係に思えた。

「今度の日曜一緒に街に出ない?私悠奈先輩誘うから、雪ちゃんは遠野先輩誘ってさ」
真夏一歩手前の翠靄女学院。まわりを彩る新緑の色はますます鮮やかさを増し、まるで来るべき夏期休暇への生徒たちの期待を象徴しているかのようだ。
亜紗子の提案はなかなかに魅力的だったが、果たして部活の掛け持ちで多忙を極めている小夜子が来てくれるのかはあやしかった。
「一応聞いてみるけど・・・多分小夜子さんは行けないんじゃないかな。忙しそうだし」
「大丈夫。悠奈先輩がちゃんと確かめてくれてるから。その日は空いてるって」
「何だ、そうなの?」
そう言えば小夜子と悠奈は同じ部屋だった。事前にきっちり手は回してあるらしい。私がわざわざ誘うまでもない気もするが・・・。
「あの・・・雪ちゃんって遠野先輩と街に遊びに行ったりしないの?」
おずおずと亜紗子が訊ねる。
「したことないよ。小夜子さん忙しいから」
「えー。さみしくない?」
「別に・・・」
全然と言ったら嘘になる。一緒に遊びに行けたらそれは楽しいだろう。彼女の知らなかった一面もたくさん見られるかも知れない。でも余計なおねだりで煩わせたくなかったし、正直彼女と一緒にいられれば何処でもよかった。
「そうなの?そんなものかしら・・・いいや、とにかく、ちゃんと先輩誘っといてね」
「うん」
さて今日は何処にいるだろう。
小夜子の姿を求めて私は歩き出す。

今日の彼女はバレー部にいた。
小夜子は決して長身とはいえない身長だが驚くほどジャンプ力がある。
この病気に罹ると運動能力が大幅に高まる傾向があるらしく、だから運動部からひっぱりだこなのだと以前小夜子が言っていたのを思い出す。
静流はあんな調子だし、悠奈は弓道一筋だから体が空いてるのは小夜子だけ、結果必然的に小夜子にばかりお呼びがかかるという訳だった。
冷徹そうに見えるが小夜子はどうも頼まれごとを断れない性質のようだ。
とはいえエースばりにスパイクを決めているその姿はスタイルの良さもあいまって実に目を引くものだった。部員たちの羨望と憧憬の眼差しを受けながら小夜子はコートを走り回る。
小心者の私は人目を逃れるように、コートを遠くから眺めるだけだったけれど。
私はあの人のもの。あの人と私は切ることの出来ない血の絆で結ばれているの、あなたたちとは違うの。それはこの首輪が証明してくれている。
優越感なんて姉のために存在するもの、今までそう思い込んでいたし、これから先もその筈だった。でも今の私はこれ以上ないと思えるほどの優越感に浸っていた。
練習が終わるのを待って私は小夜子に話しかけた。
私が待っているなんて思ってもみなかったのだろう、彼女は少なからず驚いていた。
「今度の日曜に一緒に街に行かないかって亜紗子と諏訪先輩に誘われてるんだけど、小夜子さん行ける?もしかして忙しい・・・?」
悠奈の確認は取ってあったが、もしかしたら新たに予定が入ってしまっているかも知れない。私は小夜子の顔色を伺うように訊ねた。
「え?ううん、大丈夫だけど・・・。何だ、悠奈そういうつもりで予定聞いてきたのね」
「じゃあ、じゃあ、行けるんだよね?」
思わず声が高くなる。
「うん」
無言で喜びをかみしめる私を苦笑しながら眺めていた小夜子だったが、やがて呟くように言った。
「ごめんね、雪」
「え?何が?」
「私、血を求めるばかりであなたに何にも返せてない。こんな風になるのが嫌でずっと選ぶの避けてきたのに」
「やだな、そんなこと気にしなくていいのに」
「・・・私やめようかな、部活の掛け持ち」
思いもよらない小夜子の科白に、私は一瞬言葉に詰まった。
「―――どうして?」
「だってそうしたらもっとあなたと一緒にいられる」
そう言って小夜子は私を見つめた。深い憂いを湛えたその瞳は、意味さえわからなければずっと見つめていたいほどに澄んで綺麗だった。
「無理しなくていいよ、小夜子さん。私、小夜子さんのかっこいい姿ずっと見ていたいし。やめないでよ」
彼女は私と一緒にいたいと思ってくれている。その気持ちがわかれば十分だった。
「うん・・・ありがと」
「日曜日。忘れちゃ駄目だからね」
「はいはい」
小夜子と別れたその足で、私は弓道場に向かっていた。
亜紗子たち弓道部員もちょうど練習を終えて出てくる所だった。
「あれ!?どうしたの?雪ちゃ・・・」
私の顔は多分どうしようもなく緩みきっていたのだろう。
すぐに全てを察したらしく亜紗子もおんなじように笑みを浮かべる。
「ちょっとちょっと、何やってんのよー、あんたたち」
呆れた悠奈の声を聞き流しながら、私たち二人は馬鹿みたいに手を取ってはしゃぎまわっていた。

そして日曜日はやってきた。
予定通り私たち四人は街に出かけた。
街まで二時間という距離が、こんなに短く感じられるなんて思わなかった。
一人だったら眠るか本を読むかしないととても時間を潰すことなんてできない。
けれど悠奈の話は面白く、私たち三人はずっと笑い転げていたし、何より隣に小夜子が座っていた所為というのが一番大きいのだろう、気がつけば私たちは街に着いていた。
特に目的地を決めるでもなく久し振りの街並みを見回しながら歩いていく。
外出には制服着用が義務付けられているから滅多な所には入れないし、あんな山奥から出てきた高校生が大したお金を持っている筈もないので、ウインドウショッピングくらいがいいところだ。
「あー、これ亜紗子に似合うんじゃない?」
そう言って悠奈が立ち止まったのはフリルばりばりの少女チックなワンピースが飾られたショーウインドウだった。瞠目する亜紗子。
「ええ!?似合いませんよー。どっちかって言うと倉澤先輩とかが似合いそう」
「舞に似合うならあんたにも似合うって」
「そ、そうかな・・・」
こんな具合に二人のラブラブぶりにあてられっ放しの私と小夜子だったが、不意に亜紗子がとんでもないことを言い出した。
「そうそう、前ですね、面白いこと言ってたんですよ。雪ちゃんが」
何言ったっけ?首をひねる私。
悠奈と小夜子は興味津々という顔で亜紗子の言葉を待っている。
「納豆とか食べた方がいいのかなって。血液がさらさらになるからって・・・私もう、おかしくて思いっきり笑っちゃって・・・。雪ちゃん納豆嫌いなのに・・・かわいくないですか?」
何てことを言い出すのだ。顔から火が出るかと思うくらい一瞬にして体温が急上昇した。
「嘘、か、かわいい、かわいいよ、雪ちゃん!小夜子ってば幸せもんだねー」
悠奈もツボにはまったらしく小夜子の背中をバンバン叩きながら爆笑している。
ちょっと笑いすぎじゃないの・・・?思いながら当の小夜子を恐る恐る見る。
予想に反して小夜子は穏やかに微笑んでいるだけだった。
ある意味大笑いされた方がこっちもリアクションしやすくて良かったのかも知れない。
「ありがとう、雪」
そう言って私を見る目はあまりにもやさしくて、私は思わず目を伏せた。
今度は亜紗子と悠奈が沈黙する番だった。

「ね、せっかくだから着てみたらいいじゃん」
「そんなお金ないよー」
「着るだけでもいいじゃない、見てみたいなー、亜紗子が着てる姿」
「こんなにあからさまに学生なのに・・・店員さん嫌な顔すると思うけどな・・・」
再びショーウインドウの服の話に戻ったらしい。亜紗子と悠奈の問答をこれということもなく眺めていると、
「あ、ごめん。二人とも好きな所行っていいよ。私たちしばらくここにいるから。また帰りに合流しましょ」
と私たちに向かって手を振る悠奈。
「え、でも・・・」言いかけた私を制して、「そうね、じゃあまた後で」小夜子は言い置いて踵を返す。手を引かれたことに気づいて私も慌てて体の向きを変えた。
「いいのかな・・・」
「あれでも気を利かせてるつもりなんでしょ。いいじゃない。私と二人きりは嫌?」
小夜子の科白に私は思いっきりかぶりを振った。そんなことある訳ない、絶対に。
「じゃあ、何処に行く?」
「え・・・えっと・・・」
数分後、私たちは大型書店の中にいた。
とりあえず小夜子が向かう先に私もついて行ってみたが、驚くというか呆れるというか、そこは参考書売り場なのだった。
確かに彼女の容姿は運動神経抜群というよりは銀縁眼鏡の秀才ってイメージだし、実際そうなのだろうことはこれで確定した。
「あのー、小夜子さん?せっかく遊びに来てるのにここって・・・」
「だって来年受験だし。雪は物理は得意?」
「と・・・得意に見える?」
まだ二年生なのに・・・彼女がますます計り知れない人物に思えてきた。
真剣に参考書と睨み合っている彼女から離れて、仕方なく私はコミック売り場を見て歩くことにした。こういうもの、彼女は読んだりしないんだろうか・・・?
集めているコミックの新刊が出ていたのでそれと、ティーンズ向けの雑誌を買っているとようやく小夜子が戻ってきた。参考書がどっさり入った袋を抱えて。
「小夜子さん、漫画とか読まないの?」
「え?読まないってことはないけど・・・自分からはあんまり買わないわね」
小夜子は当惑した表情を見せる。
「これなんか面白いよ。今うちのクラスで流行ってるの。『黄家の紋黄蝶』。中国ものなんだけどね、主人公が人をさらいまくるって話なの」
「・・・どんな話なのよ・・・」
「今度貸してあげるね。勉強ばっかりしてたら体に悪いよ?」
「ふふ。そうね。うん、楽しみにしてるわ・・・さて」
私たちは書店を出て再び何処に行くでもなく歩き出した。
「次は何処に行こうか?」
実は私の視線はある方向に向いていた。
時刻はお昼少し前だったが、一応育ち盛りの女子高生の身、もう十分すぎるくらい空腹感をおぼえていた。
視線の先にはクレープハウスがあった。
クレープの焼ける、甘く香ばしい香りが離れた私たちの所まで漂ってきている。
でも私にはあれが食べたいとは言い出せなかった。
生真面目な小夜子のことだ、買い食い禁止という校則を自ら破るとは思えない。
しかし私の食い入るような視線に気がついたのか、視線の先と私を見比べた後、
「何・・・?」
怪訝そうに訊ねる。
「ううん、何でもない」
両手を振って否定の意を表したつもりだったが。
「・・・食べたいの?」
まじまじと私の顔をのぞきこんでくる。
「えーと。・・・ちょっと。駄目?」
「いいわよ。買ってくる」
意外なことに小夜子はあっさり承諾した。
「ええ!?ほんとにいいの?」
驚く私の底意を読み取ったのか、その表情が少々曇る。
「私だってそこまで融通の利かない堅物じゃないわよ・・・」
言ってすたすたと先に店まで歩いていくと、私を振り返った。
「どれがいい?おごるわ」
「え?いいよ、そんな」
「たまには先輩らしいことさせてよ。じゃこれとこれ」
私が選ぶ前にもう選んでいる。そういえば小夜子と出会った視聴覚教室でも彼女はさっさとオレンジジュースを注いでいたっけ。
「・・・ごちそうさまです」
素直にお言葉に甘えることにした。その態度に満足したのか小夜子はにっこり笑う。
「そうそう、それでいいの」
ややあってクレープは出来上がったのだが、明らかに豪華で高そうなのを彼女は私に手渡してきた。果物がごてごてとのっかってずっしり重い。
いいのかなー、と思ったがあえて何も言わないことにした。
小夜子のクレープはチーズケーキが入っているようだ。
向こうのもおいしそうかも、などと思いながら食べていると、「食べる?おいしいわよ」小夜子がそれを差し出してきた。目は口ほどに物を言う。私は特に気をつけた方がいいのかも知れない・・・。
「え・・・あ、うん」
間接キスだ、などと思う。そんなことを考える自分に気が滅入りそうになった。
こんなこと友達との間じゃごく普通のやりとりなのに・・・。
「雪のもおいしそうよね」
「あ、どうぞ」
ひそかに観察してみるが、小夜子は何のこだわりもなく受け取って食べている。
ますます自分が恥ずかしくなった。
そんなことを考えていたからなのか、小夜子のクレープの味は結局何だかよくわからないままだった。
「私クレープって初めて食べたわ」
「ええ!?」
「おいしいわね」
「そうでしょ?あ、ごちそうさまでした」
「いえいえ。また一緒に食べに来ましょ」
何故だか訳もなく涙が出そうになって、いや訳はちゃんとある―――私は小夜子の腕にしがみついた。
「・・・どうしたの?」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが嫌がっているようには見えなかったので調子に乗ってみた。
「何だかすごく幸せだなと思って」
レンズの向こうの瞳が微笑の形に細められる。
「私もよ、雪」

この所小夜子と雪は共に行動することが多くなってきているようだった。
今も静流の視線の先には二人がいる。
雪に向ける小夜子の表情は終始あふれんばかりの笑顔だが、その表情が静流に向けられることはまずなさそうである。
「あの豹変の仕方はなんなのかね、一体・・・。遠野小夜子ともあろう者があんなにでれでれしちゃって。あー、見る影もないわ。あー、みっともない」
「それはあなたのことでしょ・・・」
「そうでした、ごめんなさい、っておい」
隣の鞠乃に突っ込み返す。
「悠奈たちが街に連れ出したのが功を奏したみたいね。とりあえずは一安心じゃない?」
「まぁね。まったくこんなことだったらさっさとくっついてりゃ良かったのに。
あー、でも雪ちゃんの血は味わっておきたかったなぁ」
「またそんなこと言って・・・」
毎度のことながらこの友人には呆れ返る。
鞠乃は静流をため息混じりに眺めた。
「人のこと気にする前に、もっと舞のこと構ってあげた方がいいんじゃないの?
その内キレるわよ、あの子」
しかし静流は軽く肩をすくめただけだった。それ以前に深く考えたこともないに決まっている。
「もうキレてる。てかいっつもキレてる」
「・・・相変わらずね、あなたたちは・・・」
鞠乃は無意識の内に額に手をあてていた。

期末テストが終わると結果も出ない内から校内の空気は浮き足立っていた。とりあえずやるべきことは終わったのだ、後はこの窮屈な学院から解放される夏休みを待つばかりである。
「雪ちゃんは帰省するんでしょ?」
早くも帰省のための準備をしているのか、荷物をまとめている亜紗子に私は問われた。
「ん・・・そうだね・・・」
実は同じことを数日前に小夜子にも訊ねられていた。

「雪は帰省しないの?」
そう口にした小夜子の顔は少し不安げに見えた。
「うーん。どっちでもいいんだけど・・・」
正直私はどうするべきか決めかねていた。
入学当時は夏休みに帰省することをごく当然なことだと考えていたが、その時と今とでは状況が全く違っていたからだ。
懸念のひとつに小夜子のことがあった。小夜子の病のことを考えると、彼女から離れておいそれと実家に戻ることは躊躇われる。悠奈と亜紗子は意外に実家が近いらしく度々行き来するつもりらしいし、静流に至っては手近な人間の血で手を打つに決まっている。しかし小夜子についてはそういう訳にはいかないだろうし・・・以前のような状態にさせるのは避けたかった。
そしてもうひとつは実家には姉も帰省しているだろうことだった。そのことに憂鬱さを感じている自分に気がついた時、私は今更ながらに知った。自分が姉に対していかに大きなコンプレックスを持っているかということを。意識していた以上にそれは肥大化して、私を苛んでいた。いやもしかしたら以前と何ら変わっていないのかも知れない。小夜子と関わりはじめて、それから目をそらせなくなっただけなのだ、多分。
そんな懸念があったから、私は帰省をやめる方向で考えていた。
「一緒に残らない?」
「え・・・?」
小夜子がそう言った時私は一瞬耳を疑った。
「一緒に?」
「そうよ。あなたが残れるならの話だけど」
「小夜子さんは帰らなくていいの?」
「友達と一緒に過ごした方が喜ぶのよ。うちの親って」
それがどういう意味合いを持つのか私にはうまく理解できなかったが、その提案は私を舞い上がらせるには十分だった。
たとえ彼女が私の血を欲さんがための提案だったとしても。
彼女が私と過ごすことを望んでくれるというのなら。
「・・・私残る。小夜子さんのそばのいる」
答えなど初めから決まっていた。

「え?お姉ちゃんが?」
不穏なものを感じずにはいられなかった。私の声のトーンは知らず落ちていた。
「・・・わかった。とりあえず帰る。でもすぐ戻るから。うん、お姉ちゃんもそれで満足でしょ」
公衆電話の受話器を置いて、私はため息をついた。
私の親は娘・・・特に二女の動向には関心がない人種だと思っていたので、まさか帰って来いと言われるとは思っていなかったのだ。
とは言っても結局は長女の願望を優先させるためであって、私に会いたい訳ではないことなどわかりきっていたが。
夏休みは帰省しない。そう告げた私に母は言った。華があなたに会うの楽しみにしているのよ、何日かだけでも帰ってきなさい。
私の首に思惑通りの痣があることを確かめたいのだろうか。
ここでもまたいいように姉に操られているような気がする。
「そんな訳だから一度帰らないといけないの。でもすぐ戻ってくるから」
夏休みの始まる前日、私は小夜子さんにそう言った。残ると言っておきながらあっさりそれを翻している自分に嫌気がさした。それがたとえ数日という短期間だとしても。
「いいの、気にしないで。ゆっくりしてくればいいわ。冬摩先輩にもよろしく言っといて」
小夜子は別段気にする風でもなくこころよく私を送り出してくれる気のようだった。それが何だか少しさびしかった。
「苦しくなったらすぐ連絡して。何をおいてもここに戻ってくるから」
「大丈夫よ。この前もらったばかりだし。わたしのことは気にせずいってらっしゃい」
小夜子の表情はごく落ち着いたものだった。
寮には小夜子一人という訳ではないし、しばらく鞠乃も残っているようだったので、実の所あまり心配することもないだろうと私は思うことにした。
翌日、私は約四ヶ月ぶりに実家に戻った。

学院から街に出て、最寄の駅から電車に揺られること一時間。
降り立った駅から徒歩で15分ほどの所に私の実家はある。
駅の改札を抜けると、見覚えのある人物がこちらを見ていることに気づいた。
彼女はひどく目立っていた。こんな小さな地方都市の駅ならなおのことだった。
通りすがる人々が一瞬目を留めずにはいられないその美貌。
冬摩華。私の、自慢の、姉。
「おかえり、雪。久し振りね」
その名前どおりの華やかな笑顔。人目も憚らず私を抱きしめる大胆な行動力。私には備わっていないもの。
涼しげな瞳が私の首を見つめる。微かにたゆたう蟲惑的な光。
同性で、その上妹でもある私でさえ、思わずため息がでる比類なき容姿。
「ほら。ね、言ったとおりでしょう?」
白い指が私の首を撫でる。背筋が凍りつく感覚は気のせいだろうか?
「免許取ったの。ちゃんとシ−トベルトはしてね?命の保障はしないわよ」
言って踵を返すと先に立って歩いていく。
風に流れる繊細な長髪を目にしながら、私は姉の後を追った。

思ったとおりだった。
帰ったらきっと憂鬱な思いをするに違いない。すごく疲れる気がする。どうしようか?少し帰るのを先に延ばしてしまおうか。
昨夜寮のベッドの中でずっと考えていたことだった。
それを振り切って今日ここまで帰ってきたが早くも不安が現実になりつつあった。
「雪?その首はどうしたの?」
いち早く母が私の首の痣に目をつけた。
答えようがないので口篭っていると、横で姉が「秘密なんだよね〜」と茶化すように笑った。
その言い方に思わずむっとしたが何も言わないことにする。
「何なのかしら、雪にしろ華にしろそんな痣ができるなんて・・・。何かの病気じゃないの?」
その指摘はある意味正しかったが、拙い私の弁舌では説明のしようがないので引き続き口を噤んでいることにした。それにしても今日の母は妙にしつこい。私の首を間近でじろじろ見ている。私は不安になって母から離れようとした。
「この傷は何なの・・・?」
それより先に母は首筋の咬み痕に気づいたらしい。不審げに眉根を寄せ、じっと傷に見入っている。
「何でもないから。心配しないで、お母さん・・・」
「キスマークじゃないの?雪」
私を遮るように言った姉の科白に、私は底意地の悪さを感じてしまった。
知ってる癖に。全部知ってる癖に、母の前でそんなこと言うなんて。
「何言ってるの、あそこは女子校よ」
馬鹿馬鹿しそうに肩を竦める母。
私は姉を見た。姉は笑っていた。
小夜子の笑顔は綺麗だったけれど、今の姉の笑顔は下品という形容があっていた。
私の自慢の、姉。
こんな人間だっただろうか?
久し振りに見る姉は山奥の寮を出て、外見はとても洗練されたように見えるけれど。
何かが決定的に変わってしまっているような気がした。擦れてしまうとはこういうことをいうのかも知れない。
それから一週間、私は姉に引き摺られるようにして過ごした。
小夜子や鞠乃の話題を出してももはや興味はなく、目下の興味は同じ大学の先輩をいかにして落とすかということらしかった。
くだらなかった。男関係の話をしたいがために私は呼ばれたのかも知れない。
コンプレックスを感じながらも姉のことは認めていたが、「自慢の姉」はもういないことを私は知った。
明日にしたらいいのにという家族の言葉に首を振り、私は躊躇いなく家を後にした。





学院についたのは20時過ぎだった。
特に時間も考えず家を出て来たが、終バスにぎりぎり間に合ったのは幸運だった。
以前は檻のようだなどと思っていた建物が、今では私を安堵させる。
寮の玄関で靴を脱いでいると鞠乃が奥から現れた。
「お帰りなさい。実家に帰ってたんだって?」
「あ、はい」
「お姉さんは元気だった?」
彼女は姉とかなり親密な関係だったようだが、今の姉を見たらなんと言うだろう?
「元気でしたよ。すっかり大学生活になじんでました」
「・・・そう。それはよかったわ」
呟く鞠乃の声には一抹の寂しさが滲んでいた。その気持ちは何となく私にもわかるような気がする。
「あ、そうそう。あなたが戻ったのを見つけたら部屋に来るよう伝えて欲しいって小夜子に言われてたんだけど。後で行ってあげてくれる?」
「え・・・どうかしたんですか?まさか」
「うーん、特に血に飢えてる様子でもなかったけど。行けばわかるんじゃない?」
はぁ、と私は間抜けた返事を残して自室に向かった。
この一週間小夜子はどんな風に過ごしていただろう。
私のことを思い出したりしてくれていただろうか。
学院で会えない一週間と、遠く離れて会えない一週間はまったく別物だということを私は思い知った。
私はなかなか解放してくれない姉に歯噛みしながら過ごしていたけれど、小夜子は部活でそれどころではなかったかも知れない。夏は大会も多いし。
自室に荷物を置いて、言われたとおり小夜子の部屋に行く。
「小夜子さん・・・?入ってもいい?」
私がドア越しに呼びかけると、少しの間の後小夜子が現れた。
「ああ、雪。今帰ったの?」
一週間ぶりに見る小夜子の表情は特に嬉しそうという訳でもなく、私は少々落胆した。
「玄関で小早川先輩に会ったの。何か用事が・・・?」
「入って」
小夜子に命じられるまま私は彼女の部屋に足を踏み入れた。
悠奈はもう帰省したのだろう、室内には誰もいないようだ。
鈍い金属音。
振り返って見ると小夜子はドアに鍵をかけていた。
どうして・・・?
本能的に後退さった私にそれを上回る速度で小夜子が近づいてくる。
「あ、あの・・・!?」声を出した瞬間、抱きすくめられた。
予想外の行動に私は硬直した。小夜子はといえば私を抱き潰すつもりなのか、その腕に嫌というほど力をこめてくる。
彼女と出会って間もない頃に比べると私はかなり大胆さを増していたが、それは彼女にも言えるようだった。
「ど、どうしたの、小夜子さん」
我知らず声が上擦っていた。彼女は何も答えず、私を抱きかかえたままベッドまで移動すると、その上に強引に押し倒した。
今日の小夜子は明らかにいつもと違う。私がいない間に何かあったのだろうか?
私の上に抱き重なったままの彼女は、顔もあげようとしない。
「何やってたのよ・・・」
長い沈黙の後、耳元でそう囁く声が聞こえた。
「小夜子さん・・・?」
首を動かして、彼女の顔を見ようと試みる。驚くほど間近に迫った彼女の瞳は、先程とは打って変わってまるで怯えているようだった。
「あなたがいない毎日なんて考えられない・・・」
その言葉は私の胸を突いた。同時に襲ってくる激しい動悸。
「私、どうしたらいい?」
再び頭を落とした彼女は私の胸のリボンを軽く噛んで引っ張り始める。はずせという意思表示なのだろう。
狂いそうな高揚感と歓喜の念は一瞬にして遠ざかった。
やっぱりそうなのか。
私たちは血によるつながりしかないのか。
『あなたがいない毎日なんて考えられない・・・』
『私、どうしたらいい?』
私を舞い上がらせたその言葉は、所詮血の有無を憂う所から出たものだったのだ。
何を私はこんなに意気消沈しているのだろう。
そんなこと初めからわかっていたことではなかったのか?
それでもいいからそばにいたいと、そう思ったのはついこの前のことだったのに。
私は拒むことだって出来るのだ。
でも私は既に彼女の下僕と成り果てていた。
悲しき条件反射でリボンを取り去り、ブラウスのボタンをはずす私は自分の目から涙があふれていることに気づいた。
それに彼女が気づいたのかはわからない。私は目を閉じて、首に感じる衝撃を待っていた。
だが彼女はいつまで経っても牙を立ててこない。しきりに首筋の痣を撫でたり、甘噛みするような真似ばかりしている。
どうしたの?血が欲しいんじゃないの?
やがて唇が首筋から離れたので、私は訝しげに目を開いた。
手が伸びてきて涙を拭う。そのやさしさに悦びを感じる反面、反抗してやりたい欲望に駆られた。
「血は?」
私は訊いた。「血は吸わないの?」
小夜子は答える代わりに私に顔を近づけた。唇に柔らかい感触。私は瞠目したまま身動きができなかった。
「私は・・・血が欲しいからあなたにそばにいて欲しいわけじゃない・・・」
私から離れた唇が、呟くようにそう動いた。
「わかってるでしょう?雪。あなただって、快楽のためだけに私に血を捧げてくれてる訳じゃないわよね」
それは私に問いかけているというよりは、そうである筈だと自分に思い込ませているような口調だった。
彼女も私と同じ思いをしていたことに私はようやく気づいた。
「うん。こんな関係にならなくてもきっと好きになってた」
今度は私の方から彼女の唇を求めた。
首の後ろに手を回して、唇の甘さを味わいながら私は吸血される時以上の快感に酔っていた。

私と小夜子は加速度的に関係を深めていった。
静流と舞、悠奈と亜紗子、どちらのコンビとも比べ物にならない程の絆だと断言できる。
私たちは学院裏の池のほとりで過ごす時間が多くなっていた。
生徒はほぼ帰省したとは言っても完全な無人になることはありえない。
だがそこに行けばまるで世界に二人しか存在しないような錯覚に陥ることが出来た。
翠がまるで私たちを外界から遮断してくれているかのようで。
そこにいると不思議な安心感があった。
「小夜子さんはお姉ちゃんのことが好きだった・・・?」
草地に座った私は小夜子の肩に頭を持たせかけ、ふと訊ねてみた。
意外な質問だったらしく彼女は少し表情を硬くしたが、ややあって答えた。
「・・・どうだろう。多分好きだった・・・けど」
「けど?」
「雪のほうが何倍もかわいいし、いとおしいわ」
「本当?本当に?・・・嬉しい」
上機嫌になった私は、小夜子の頬にキスをした。小夜子は苦笑していたが急に視線を落とし呟いた。
「私もそんな風にかわいげがあったら、冬摩先輩も少しは構ってくれたかしら・・・」
やはり、姉の影はそう簡単には拭い去れないものらしい。そんな小夜子の姿を見るのは苦痛だった。
「お姉ちゃんは馬鹿よ。小夜子さんを放っとくなんて信じられない。・・・もうお姉ちゃんのことは忘れて?私といる時は私のことだけ考えて?」
耳元で囁くと小夜子はうっとりと目を細めて小さく頷いた。そうして私に血をねだる。もう遠慮などありはしなかった。
無心に血を吸っている時の彼女は抱き潰してしまいたくなるほどかわいい。
「ずっと、こうしていられたらいいのに」
私は呟かずにはいられなかった。
「ずっとこうして、小夜子さんが私を必要としてくれて、私は小夜子さんに血を与える、そんな関係が続けばいいのに・・・」
首から唇を離しても私に抱き絡められたまま、小夜子は腕の中にいる。
「そうね、ずっとこうしていられたらいいわね・・・でも永遠なんてありえない」
私はその科白に不安をおぼえて、彼女を見つめた。
「冬摩先輩も卒業した途端にあっさり男と付き合いだしたし、現実なんてそんなものなのよ、きっと。この病気はもしかしたらそんな私たちの心理の象徴なのかも知れない。ここを離れてしまえば病気が治ると同時に全てを忘れてしまう。まるで夢でも見ていたみたいに・・・雪」
「何・・・?」
「あなたもいつか私に飽きる日が来る」
私は瞠目した。冗談でもそんなこと言って欲しくなかった。
「そんなことない、そんなことありえないもの!小夜子さんの馬鹿!」
「冗談よ。ああ、もうそんなに怒らなくたって」
取り乱す私の唇に、彼女がやさしく口付けを落とす。
単純な私の思考はそこで停止し、代わりに胸を満たすのは甘い幸福感。
この幸せな日々を絶対に失いたくはなかった。
―――時を止めることができるのなら。
きっと私は何だってしただろう。

そんな私たちの関係に異変が生じたのは、そう、あの男が現れてから。
新学期が始まると、あの男は非常勤講師としてこの学院にやってきた。

「十和田悟です。わからないことは気軽に聞きに来て欲しいな。僕も早くみんなと仲良くなりたいからね。どうぞよろしく」
そんな気障ったらしい挨拶を口にした彼が、生徒たちの憧れの的になるのにそう時間はかからなかった。
ここにいるのは男に免疫のない少女ばかりなのである。若いというだけで理由としてはお釣りがくる程だったが、それに輪をかけて彼はルックスがよく、人好きのする性格をしていた。
数学が嫌いな生徒は多かったが、数学の時間が嫌いな生徒は間違いなく減っていた。
「じゃあ、名前と顔を一致させたいから、僕が名前を呼んだら返事をして立ち上がってもらえるかな?」
私のクラスでの初めての授業の時、彼はそう言って出席簿を開いた。
「有川裕美子さん」
「はい」
「あ、君昨日見たよ。バスケ部でしょう?」
「え?いつ見てたんですかー?全然気づかなかったー」
・・・殆どこんな調子である。彼の記憶力はある意味尊敬に値した。そしてある意味気味が悪かった。
だが大抵の少女は、ハンサムな教師が自分のことを覚えていてくれたことに対して、悪い気はしないものである。
「冬摩雪さん」
「・・・はい」
私の番になった。一体何を言われるのかとうんざりしたが、有難いことに彼は特に何もいうことがないようだった。
元通り席に座りなおした私はふと顔を上げ・・・ぞっとした。
彼はじっと私を見ていた。切れ長の瞳の奥の感情はまるで読めない。
まるで凍りついたかのようにしばらくその視線は私に向けられたままだった。
「・・・中西智美さん」
次の生徒の名が呼ばれても、私は顔を上げることができなかった。
何だったのだろう、今のは・・・。
不吉な予感がゆっくりと胸に広がっていく。

「冬摩さん、ちょっと来てもらえるかな」
「冬摩さん、これ持って行ってくれないか?」
「ああ、冬摩さん、ちょうどいい所に来たね」
私の中に生まれた不吉な予感を裏付けるように、十和田はやたらと私に構うようになった。
特に何ということもない些細なことばかりなのだが、私は彼の真意が読めず困惑した。
何故私ばかりに構うのか。最近では生徒たちの間に良からぬ噂も立っているようだ。
全く持って不本意なことだったが、どうしようもなかった。
私自身彼に何の興味もなかったし、噂にあるような好意を彼が私に抱いているとも思えなかった。
彼は度々私にねめつけるような視線を送ってきていたが、それは一種狂気を孕んでいるように私には思えた。純粋な好意であるとはとても私には思えなかったのだ。
では一体何なのか。
どんな理由であれ、あまり知りたくないような、知ってはいけないようなそんな気がした。

「あんまり小夜子の耳には入れたくないけど、結構な噂になってるわね。あの二人」
「雪ちゃんに色目使いすぎなのよ・・・いけ好かない男だわ。まったく、何企んでるのかね」
生徒会室で静流と舞は向かい合っていた。鞠乃は少し離れた窓際に立っている。
「あの男、私知ってるわ」窓の外を見ながら鞠乃は言った。「冬摩先輩が卒業間際に付き合いだした男よ。教師やってるとは聞いてたけど、まさかここに来るとはね・・・」
「何それ。冬摩先輩の彼氏ってこと?」
「多分元がつくんじゃない?冬摩先輩のいる気配がまるでしないもの。まぁ、それだけなら別にどうでも良い話なんだけど、冬摩さんに対する行動は確かに目にあまるものがあるわね・・・」
「小夜子が早まらなきゃいいけど。最近雪ちゃんにべったりべたべただから」
「お姉様じゃあるまいし。小夜子は嫌味なくらい冷静よ。心配する必要ないんじゃない?」
「いや、あーいうのが危ないんだって。キレたら何するかわかんないわよ。ある意味あんたよりタチ悪いかもね」
「どういう意味よっ!?」
鞠乃は大袈裟にため息をついて二人に背を向けた。
だが静流のいうことは言い方さえ問題ありだが、正論だと彼女は思った。
(これは偶然ですか?それともまたあなたが仕組んだこと?)
冬摩華のことを思う。
(―――私に首輪はないけれど・・・一体いつまで私はあなたに囚われ続けるんだろう・・・)

「では次の問い2を冬摩さん、前で解いて」
十和田が私の名を呼ぶ度、体が拒絶反応を起こす。全身に緊張が走って、気分が悪くなるのだ。
そうでなくともその日の体調は最悪だった。
生理二日目で、いつにも増して生理痛がひどい。吐き気を我慢するのがやっとという時にあてられるなんて。
立ち上がった瞬間、思った以上に限界に近づいていることに気づいた。
昨日生理中にも関わらず血を与えたのがまずかった。こんなことにならないよう気をつけてはいたけれど、少し油断したかも知れない。
眩暈で目の前が真っ白になる。
まわりがざわめいた気がして、気がつけば床に倒れていた。
「冬摩さん!どうしたんだ!?」
十和田が駆け寄ってくる気配がした。来ないで。
願いも虚しく彼は私を素早く抱き上げると、教室を出て行こうとする。
「静かに!皆は自習してて。すぐ戻ってくるから」
ざわめきがあっという間に遠ざかった。
保健室には不幸なことに誰もいなかった。養護教諭にまかせてさっさと戻って欲しかった私の願いはあっさり打ち砕かれた。
「大丈夫か?何かして欲しいことはない?」
ある筈がないし、あっても彼には頼みたくなかった。
これ以上一緒にいたらそれこそどんな噂を立てられるかわかったものではない。
「少し眠ったらよくなると思いますから」
私はベッドに横たわると目を閉じ、早くここからいなくなって欲しいという意思表示をした。
しかし、彼は一向に立ち去る気配がなかった。
そこに立ち止まったまま一体何をしているのか。目を開けるのが恐ろしかった。
寝たふりをするしかない。私は規則正しく呼吸することに意識を集中した。
ややあって、彼が動く気配がした。やっと戻る気になったのかと安堵したのもつかの間。
髪をかきあげられる感触がした。
そしてその手はそのまま首筋に下りてきて、ゆっくりと痣を撫で始める。
絶叫しそうだった。
それ以上手が別の場所に触れることはなく、彼はようやく保健室を出て行った。
体を起こして反射的に首をおさえる。
その指は震えていた。
首輪が、汚れた気がした。

小夜子は廊下を行く足を止めた。
レンズの内側の瞳はいつもより数段酷薄に見える。
その視界に映るのは十和田悟だった。
「冬摩さんの飼い主は君かな?」
十和田の科白に小夜子は露骨に顔を顰めてみせた。
「ごめんごめん、そんな顔しないでくれよ。別に悪気なんてないんだから」
そう言って小夜子に近づいてくる十和田の顔に反省の色は全く見られない。
「実は僕は冬摩さんのお姉さんと知り合いでね。ここのことは結構詳しいんだ」
「知り合い?もう恋人じゃなくて?」
十和田が一瞬真顔になるのを小夜子は見逃さなかった。
「厳しいなぁ。ま、そんなことよりもだよ」
すぐに笑顔を貼り付けて続ける。「冬摩さん今朝倒れたよ」
「え?」
今度は小夜子が表情を失う番だった。耳元に口を寄せて十和田が囁く。
「君、血の吸いすぎじゃないのか?」
小夜子は絶句して何も言い返せない。
「余計なお世話だったかな・・・?ま、何でもほどほどにね」
去っていく十和田の後姿を見つめながら、小夜子は唇を噛んだ。

「しばらく吸血するのはやめるわ。私も少しあなたに甘えすぎてたかも知れない・・・」
という小夜子の申し出は、私を激しく動揺させた。
そうでなくても十和田のことがあって私はかなりナーバスになっていた。
「どうして?貧血で倒れたから?大丈夫だから。何てことないわ、こんなの」
私は小夜子にすがりついて懇願した。「だからそんなこと言わないで」
私が血を与えることが出来なくなってしまったら、私の存在価値は何処にあるというの?
けれど小夜子は穏やかに微笑んで、
「心配しなくてもあなたを選ぶまでは我慢できてたんだからしばらくは大丈夫よ」
と私の頭を撫でるばかりで。
私の不安は手付かずで残されたままだった。
一人にしないで、小夜子さん。
私は何度もその言葉を飲み込んだ。

またあの男がいる。
小夜子は視界にその存在を認めた瞬間、無意識の内に舌打ちしていた。
相手も同じタイミングで小夜子を見つけたのかこちらに向かって歩いてくる。
「おや、遠野さん。少し顔色悪いんじゃないのか?・・・ああ、そうか。冬摩さんの体を気遣ってあげてる訳だ。やさしいね、君は」
実に癇に障る口調だった。が、小夜子は口を閉ざしたまま、その場を離れようとした。
「そういう関係っていいよね。僕らから見ると実に興味深いというか・・・憧れるね」
小夜子に足を止める気配はない。
「良かったら僕の血を吸う?」
「ふざけないで」
耐え切れず小夜子は振り返った。意味深な笑みを浮かべている十和田がそこにはいた。
「ふざけてなんかいない。僕は君の体が心配で言ってるんだ。・・・それに吸血される時っていうのは性的快感を伴うんだって?興味を持つなというのが無理な話じゃないか?」
「・・・他の人をあたったらどうです」
怒りを押し殺して小夜子は言った。
「冬摩さん一筋なんだ。美しいね・・・でもそれもわかるよ。彼女かわいいよね。姉とは大違いだ」
「何を考えてるのか知りませんが」
十和田の科白を遮って、小夜子は相手の顔を睨み付けた。
「あの子に変な真似しないでもらえますか。怯えてますから」
「はは。何もしてないんだけどな、僕は」
威嚇しても十和田はただへらへらと笑っている。
得体の知れない焦燥感が小夜子を静かに焦がしていく。





ここの所小夜子の前に十和田が現れることが多くなっていた。
その多くがくだらない戯言を吐いて去っていくというものだったが、小夜子はその戯言に翻弄され続けていた。
そしてその日も。
その日の小夜子は十和田に呼び出されて数学教官室にいた。
放課後のかなり遅い時間ということもあって部屋には二人以外誰もいず、相手が何を言い出すか小夜子は気が気ではなかった。
十和田は小夜子の抜き打ちのテストの点数が良かったことを取ってつけたように褒め、それから不意に身を乗り出した。本題に入るつもりらしい。
「ところで君に頼みがあるんだ。君から冬摩さんにお願いしてもらえないか?君が彼女の姉さんに頼まれたみたいにさ。・・・彼女が僕を選んでくれるように」
「何ですって?」小夜子は耳を疑った。「何で私がそんなことしなきゃいけないの!?」
十和田はため息を一つつくと、もっともらしく説明した。
「いいかい?君がここを卒業したらあの子も発病するんだよ?誰かを選ぶ日が来るんだよ。それとも何か?君は自分の独占欲のために彼女に吸血を禁じるつもりじゃないだろうね」
「そんなこと・・・」
無意識の内に避けていた考えを表に引きずり出された気がした。
(そんなこと思っていない、と私は言い切ることができる?)
「彼女が選ぶ相手が僕でもいい筈だ。そうだろう?」
「あなたは男だし、ここの生徒じゃないわ・・・」
小夜子はようやくそれだけを言った。
「それは前例がないってだけの話だろう?試してみる価値はあると思うね」
しゃあしゃあと平気で言いのける、目の前の男に小夜子は憎悪の念を抱かずにはいられなかった。
雪がこの男と血の儀式を交わす?想像しただけでも吐き気がしそうだった。
もちろん雪がそんなことを許すとは思えないが、十和田が関係を無理矢理強要することはありえる。
この男の目にこれ以上雪を晒すことは我慢がならない。
「―――!」
久しく忘れかけていた感覚が不意に襲ってきて、小夜子は口を押さえた。
喉が焼けつくような、渇き。
そこまで時間が経っている筈はないのに何故・・・?頻繁に吸血することに体が慣れてしまったのか。
「どうした?」
席を立って小夜子に近づいた十和田の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「血が欲しいの?僕の血を吸えばいいのに・・・」
触れようとした手をはねのけられてもなお、十和田は笑っていた。
小夜子の体が沈んだ。床に突っ伏して、渇きの発作と戦っている。
「嫌なの?頑固だね、君も。そんなに冬摩さんがいいのか?」
そんな小夜子を十和田はやすやすと抱き寄せた。既に顔面蒼白の小夜子は不本意ながらも振り切ることが出来ない。
十和田の指が無遠慮にリボンをむしり取り、ボタンをはずした。
現れた首の付け根に唇を這わせ、夢見心地で呟く。
「ねえ、華も・・・こんな風に君の血を吸ったの?何処に牙を立てたんだろう。この辺かな?」
激痛に小夜子は目を見開いた。
「それ以上のことは何もなかったの?本当に?変な気分になるだろう?君から華に求めたりはしなかったの?」
ブラウスと素肌の間に生暖かい指が滑り込んでくる。
許せない。結局この男は雪を華のかわりとしか思っていない。
許せない。そんな濁った目で雪を見つめるなんて。
許せない。雪にこんな真似をしないと一体誰が保障してくれる?
許せない。快楽を優先させるこの男に・・・。
誰が雪を渡すものか。
殺す。
殺してやる。
「望み通り・・・」
小夜子は静かに口を開いた。
「吸血、してあげる」
期待に輝く十和田の瞳を見下ろして。
小夜子は猛然と相手の首に牙を突き立てた。まるで喉笛を食い千切らんとする獣のように。

ドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、十和田に覆いかぶさった小夜子の姿だった。
まるで全てを貪り尽くさんとするかのように彼女は夢中で男の首をかき抱いている。
私が入って来たことにさえ気づかないようだった。
その瞳は後になって思えば燃え立つような殺意に彩られていたのだが、その時の動転した私にはやっと獲物にありついた貪欲な獣の目にしか見えなかった。
二人の周りには血溜りが出来ており、何も知らない人間は正視に堪えないであろう状態で。
十和田は既に意識を失いかけていたが、その顔には恍惚とした笑みが浮かんでいる。
私だけに許された、
小夜子がもたらす快楽を、
この男も、
この男も、
この男も知ったのだ。
この男も・・・!
それを認めた瞬間、私は壊れた。

私は狂ったように二人を引き剥がすと、小夜子の顔を力任せに平手打ちしていた。
そこでようやく私の存在に気づいたのか、彼女は呆然と視線を上げた。
どうしてそんなことをされるのかわからない、そう言いたげな彼女の瞳。唇を汚す赤黒い血液。
それらは怒りに狂った私には、愚鈍で汚らわしく、おぞましいものとしか映らなかった。
「どうして・・・どうしてこんな・・・信じられない・・・私よりも男がいいならそう言えばいいじゃないの!私を気遣うふりして裏でこんな真似してるなんて・・・!永遠なんてない?あれはこういう意味だったの?」
事をようやく把握したのか、小夜子の瞳が急速に焦点を結んだ。
「違う、違うの。雪、聞いて」
私にすがりついて、首を振る。血塗れのその体は震えていたが、もはや私の心には届かなかった。
「あなた誤解してる、私は・・・」
「聞きたくない!あなたもお姉ちゃんと一緒よ!」
その時小夜子が見せた顔。
全てにおいて絶望したかのような、凍りついたその表情を。
私は一生忘れることはないだろう。
私はかけがえのない、自身より大切な存在を、自分から放り出してずたずたに引き裂いたのだ。
冷酷な言葉で。
態度で。
その瞳で。

「もう、知らない!」
言い置いて部屋を飛び出した舞の視界に、見覚えのある人物が現れた。
小夜子だ。
だが明らかに様子がおかしかった。
その姿は遠目からでもわかる程血にまみれており、胸元も大きくあいている。
そしてそれをさして気にしている風でもなくふらふらとあやうげに歩いているのだった。
不意に二人の視線がぶつかった。
そう感じたのは舞だけだったかも知れない。舞に向けた小夜子の瞳は驚くほど空虚で、何も映していないように見えた。ゆっくりと視線を元に戻すと、何も見ていなかったかのように再び歩き出す。
舞は他人事などどうでもいいという性質だが、さすがにその状態の小夜子を放っておくことはできなかった。
「小夜子、どうしたのよ、一体」
後ろから呼び止めたが、小夜子が立ち止まる気配はない。声が聞こえているかさえ疑わしかった。
無視されたことに苛立ちを感じながらも、舞は小夜子の肩を掴んでいた。
「何があったの?血塗れじゃない」
無言で手を振りほどく小夜子。すっかり鼻白んだ舞はあきらめて踵を返そうとしたが、戻ったところで苛々と時間を潰すことになるだけだ、と思い直す。
何を言っても小夜子には届かないらしかった。結局舞は途中で気をひくことをすっかりあきらめて、ただ小夜子のあとをついて行くだけになっていた。
小夜子は足取りこそあぶなっかしいものの、何処か目的地に向かって歩いているようだった。
(何処に行くつもりなんだろう)
怪訝に思いながら舞は後を追う。
やがて二人は学校裏の森を歩いていた。時間が時間なだけに木立は不気味な印象しか与えない。舞は視線の先に池を認めた。
(こんな所があったなんて。小夜子は一体ここで何をするつもりなの?)
急に不安に駆られた舞は、前を行く小夜子を遮った。
肩を掴んで揺さぶる。
「いい加減にしなさいよ!小夜子、あんたどうしたって言うの?おかしいわよ?」
その時になってようやく小夜子は舞の顔を見た。
震えるように唇が動く。
「誰も・・・」
「え?」
「誰も私のこと、必要としてくれない・・・」
虚ろに開かれた小夜子の瞳から涙があふれるのを舞は見た。
冷静でいつもすましていて、人に弱みを見せることを嫌うあの小夜子が。
(あたしの前でこんなに大粒の涙を落としているなんて・・・)
舞は胸を突かれる思いがした。
切なさに身を切られるようで、柄にもなく小夜子の肩を抱いて慰めの言葉を口にする。
「何言ってるのよ。あんたにはちゃんと雪って子がいるじゃない」
「あの子はもう私を受け入れてくれないわ・・・」
小夜子は舞の肩に頭をよせた。呼吸が荒い。
「・・・あんたもしかして飢えてるの?」
思いついて身を遠ざけようとした舞だったが、小夜子の腕は既に背中に回っていた。
「血を。血を吸わせて」
舞は目を剥いた。相手を引き剥がそうと抵抗するが、華奢な舞の力は小夜子に通用しそうにない。
「あんた、自分が言ってる意味わかってんの!?」
「・・・・・・」
「小夜子!」
躊躇なく小夜子は舞の首に歯を立てた。
「・・・・・・!!」
声にならない声を間近で聞きながら、小夜子は血を吸い上げる。
それで十分だった。
小夜子はあっさり舞を解放すると微かに顔を顰めた。「・・・苦い・・・」
「え?」
「・・・雪のはもっと甘かった」
唇から赤い雫が筋を描いて滴り落ちていく。
それはけして舞だけのものではない筈だった。
舞を見つめる表情は再び虚ろなものに戻ってしまっていて。
体を翻して小夜子は森の奥へと歩き始める。
「何でなの、小夜子」
舞は動くことが出来なかった。
「小夜子」
ただ、呼びかけることしか出来なかった。
「小夜子!」
小夜子は足を止めてはくれず、制服のまま池の中に入ってゆく。
鳥が羽ばたく音がした。
程なくして小夜子の姿は見えなくなり、気が狂いそうな静寂が訪れると、舞は訳のわからない言葉を絶叫していた。

愚かしいことにそのことを私が知ったのは翌日になってからだった。
その時の私の取り乱しようなんて今更どうでもいいことだ。
翠に閉ざされた、あの翠靄の森で彼女は今も眠る。
私に決して消えない罪を背負わせたまま。

窓の外は既に夕闇が迫ってきていた。
彼女・・・冬摩雪の首を見ながら、僕は言うべき言葉を探した。
これは彼女の作り話だと笑うことも出来る。実際そうしたかった。そうしたら彼女も「あれ、ひっかからなかった?」と笑う筈なのだ―――。
けれど僕の口からでた言葉は自分でも意外に思うものだった。
「でもどうして・・・まだ首輪がついたままなんだ?」
僕はただ、冗談に付き合っているつもりだったのに。そんなこと、聞きたくないのに。
「その小夜子って人は死んだんだろ?そしたら自動的に首輪って消えるんじゃないの?相手と連動してるんだろう?」
雪は窓の外に目を向けた。
「私もそう思ったわ。そうじゃなくても発病すると思ったんだけれど、違った。消えないの。消えて欲しいのに、消えないの」
「それって・・・」
「彼女はまだあそこにいるからかも知れないわ。何も知らない少女のままで、翠の底で眠っているから・・・」
「そんなことって」
「私のこと、許してくれないのね、彼女は。これを見る度私は自分のしたことを思い出さずにはいられないわ。私はずっと彼女に囚われたままなのよ、きっと」
「そんなことないよ」
「・・・私はこんなに残酷な人間なの・・・それでも」
雪はそこで言葉を切った。
僕は待った。僕を安堵させる言葉を彼女が発することを。
だが彼女はおもむろに立ち上がっただけだった。「遅くなったわね、そろそろ出ましょう」

彼女の少し後ろを歩きながら僕は考える。
彼女は今日僕が誘った訳を知っていて、先回りしてあんな話をしたに違いなかった。
「私は残酷な人間なの」
その科白に多分全ては集約されていた筈だ。そして初めて見せた首の痣。
だけど僕はあっさりそれで引き下がれるほど往生際の良い人間ではなかった。
今彼女を後ろから抱き竦めることも僕には出来る。
でもそれを実行しようとは思わない。
彼女の罪の刻印は、真夏の熱気に一層朱を濃くしているように見える。
今の僕はただ、それから目を逸らさないでいようと思った。


END



《コメント》

今回のコンセプト。
全寮制女子校が舞台の背徳感漂うゴシックホラー。
・・・・・・。
どこがやねん!

何に影響されてるかが一目でわかるこの作品。
唯一の抵抗としてあえてミッション系にしませんでした。ほんとはしたかったけど。

私の書く主人公ってどうしてこう、いつも暗いんでしょうか。
雪と小夜子。暗すぎです。ストレス溜まりました。
今はおばかな主人公の話が書きたいです。静流が主人公のとか。

もし一瞬でも楽しんでいただけたなら、幸いです。
ここまで読んでくださって本当にどうもありがとう。
感想などいただければ泣いて喜びます。


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