だいすき  霜月楓

「ねぇカケル、今日の放課後空いてる?」
 中学3年間の生活もあと僅か、という2月13日の休み時間、ぼーっと外を眺めていた俺は突然声を掛けられた。
 振り返ると、俺の幼なじみで隣のクラスのヤスミが妙な笑顔で立っていた。その隣で「ダメダメダメぇっっ!」とあたふたしているのは、これまた俺の幼なじみで隣のクラスのアユミ。
 2人とは小学校の時からの腐れ縁で、高校も同じところに行くことになっている。
「ん? 別に何も用はないけど。どうかしたのか?」
 ……聞くまでもないか。
 俺は勉強は全然だけど、スポーツと料理に関しては結構自信がある。そんな俺に、バレンタイン前日に用事――ひとつしかないよな。
 ヤスミはこくん、と頷くとアユミを振り返った。
「明日はバレンタインじゃない? この子、チョコ作ろうとしてるんだけど、失敗だらけで見てられないのよ。作り方聞かれたけど、私も料理下手だしさ」
 ははは、と軽く笑ってからヤスミはぽんとアユミの肩を叩いた。
「でさ、良かったらこの子に作り方教えてやってくれないかな?」
「ヤスミ〜!」
 まだあたふたしたままのアユミがヤスミの制服の袖を掴んでぶんぶん首を振る。
 そんなアユミを前にして、俺は谷底に突き落とされたような心境だった。

 アユミが手作りチョコを作る→好きな奴がいる

 小学生のガキでも分かる、そんな単純明解な式が脳裏をよぎる。しかも、作り方を俺に聞いてくるってことは、相手は俺じゃないってことじゃないか!
 でも、そんな動揺をどうにか押し隠して俺は肩を竦めてみせた。
「アユミ、お前料理苦手だろ。そんな無謀なことしないで買えばいいじゃないか」
 小学校の家庭科の授業で見たプリン――俺には不気味に光る何かの生物のようにしか見えなかった――を思い出しながら聞くとアユミが首を竦め、ヤスミがにやりと笑ってひらひら手を振る。
「どうしても手作りしたいんだってさ。いいじゃない、付き合ってやってよ。カケルはどうせヒマなんでしょ」
「どうせ、ってのは余計だ」
 言いながらアユミの方に視線を向けると、アユミは視線を慌てて時計に落とした。
「あーっ、もう授業始まっちゃう! あたしまだ予習やってなかったのに〜!」
 早口でそう言い、俺やヤスミが口を挟む間もなく教室を飛び出していった。
「…………………………何なんだ?」
「ま、いいじゃない。とにかく、放課後付き合ってやってよ。ね?」
「…………別にいいけど。でも、その相手って誰なんだ? お前、知ってるんだろ?」
 恐る恐る聞いてみたけど、ヤスミは「さぁね。んじゃ、よろしくー」と鼻歌なんか歌いつつ、教室を出ていった。
 ……人の気も知らないで。



「で、あとはアーモンドだな」
 その日の放課後、俺は買い物かごを手にしてチョコの材料を買っていた。
 アユミは俺の隣でメモを見ながらふんふんと頷いている。
 こいつはチョコレートケーキを作る気になってたんだけど、「それは無謀だ」と簡単なものに替えさせた。
 リキュールと牛乳を加えたチョコを溶かし、フレークとアーモンドを更に加え、バットに盛って冷蔵庫で固める。極めてシンプル。まぁ、俺が嫌いなアーモンドを入れるから、俺が味見してやれねーのが良かったというか渡される相手が気の毒というか。
 アユミは、俺がこのメニューを挙げると「他のにして」とか何とか言ってたけど、ただチョコを溶かして型に流して冷やすだけってのは芸がないし、これなら見た目も悪くない。
 それでもしばらくは名残惜しそうに、今度はチョコレートブラウニーの作り方が書かれた本を見ていた。そんなのこいつにできるとも思えないから却下したけど。
「でも、バットってどこに置いてたかなぁ。日曜にお父さんが使ってたんだけど……」
 作り方のメモを見ながらアユミが声を上げる。
 アユミの父親は少年野球の監督をしていて、日曜にも確か――。
 ……………………………………。
 ………………………。
 ……………。
 ……ちょっと待て。
「お前今、何て言った? 親父さんが使ってた?」
「? え? ……う、うん。そう言ったけど……?」
「お前なぁ……」
 野球のバットを菓子作りにどう使うってんだ。俺は頭を抱えたいのを必死にこらえて、深く深く溜息をついた。
「お前、今からでも遅くないから買った方が良くないか? ってゆーかさ、食う奴のために俺はそっちの方を勧めるぞ」
 言い、向かいのチョコ売り場を指差す。目の色を変えた子たちが売り場に群がっていて、さながら年末のバーゲン会場状態だ。
「でも、もう作る気になってるのに」
 ぷぅっとむくれてアユミは俺を軽く睨んだ。
「……ま、いいけどさ。でも、何で今年はチョコを作ろうって気になったんだよ?」
「だ・だって、もうすぐ卒業じゃない? だから。……変?」
 言いながらも、アユミの目は俺から逸れている。
「いや、別に変じゃないけど……」

 ――チョコを渡す相手って、誰なんだよ。

 喉元まで出かかった言葉をどうにか飲み下す。こいつの口からは聞きたくない。
「……うーん……」
 唸っていると、アユミは軽く息をついてからすたすた歩き出した。
「ほらカケル、アーモンドあったよ」
 何となく、声が怒ってるように感じたのは……俺の気のせいか?



 ……それからの俺の苦労が分かるだろうか。
「ちょっと待てっ! お湯をチョコに掛けるなぁっ! 湯煎だ湯煎っ!」
「かき混ぜるなっ! サックリ切るように混ぜろっ!」
「一口大にしろっ! デカ過ぎるっっ!」
「うわぁぁ! ひっくり返すなぁぁっ!」
 そもそもこれは簡単にできるもののはずなのに。なのに、何で俺が喚かにゃならんのだ?
(はぁぁぁぁぁぁ)
 声に出さずに大きな溜息をつく。
 そして、バットの上に『チョコらしきもの』を載せ終えたアユミが目を輝かせる頃には、俺はもうぐったりとテーブルに突っ伏していた。



 そして翌日、バレンタインの放課後。
 海老で鯛を釣るつもりの女子らに渡されたチョコを無造作に鞄の中に放り込んでいると、ひょっこりアユミが顔を出してきた。
「よ。もう渡してきたのか?」
「んーん。まだ」
 ふるふると首を振ってから、アユミは俺の隣の席に腰を下ろした。
「カケル、いっぱいもらえたんだね」
 言いながら、俺の鞄からはみ出しているチョコの箱や袋を見遣る。
「あ? ああ、まぁな」
「……やっぱり、そういうちゃんとしたものの方が良かったのかなぁ」
 チョコの箱を眺めながら、ぽつりとアユミが呟く。
「ほんとは1人で作りたかったんだけど、何度作ってもうまくいかなくて……お母さんも友達もみんな、『無謀だからやめろ』って言うばかりで作り方教えてくれないし……でも、手作りじゃなきゃ嫌だったの。そしたら、ヤスミが……」
 誰なんだよ。こいつがこんなにまでして手作りチョコをあげたい奴って。
「……。ま、誰に渡すか知らねぇけど、いいんじゃねぇか?」
 俺がそう言うと、アユミは軽く唇を結んで俺に視線を向けた。
「でも」
「要は気持ちだろ? お前の気持ちは充分込められてると思うぞ?」
 ムカつくくらいに。
「……そう、かな」
 アユミが顔を赤くする。それが可愛かったから俺は慌てて黒板の方に視線を転じた。
「ま、形は確かにいびつだけどな。でも、どんなにまずくたって死にゃしねーよ。安心しろ」
「フォローになってないよそれ」
 半眼でそう言ってからアユミはちらりと俺を一瞥すると「バカ」とぽつりと呟いた。
「は?」
 訳が分からず首を傾げると、「んーん」とアユミは首を振ってから立ち上がった。
「何でもない! じゃね、カケル」
「おぅ。健闘を祈るぞ」
 俺が軽く手を上げると、微妙な笑顔を作ってアユミが背を向け、教室を出ていく――と、扉のところで足を止め、振り返った。
「昨日は手伝ってくれてありがとう。これ、お礼!」
 言い、俺のところに何か放った。放物線を描いて、それが俺の手の中に飛び込む。
「?」
 見ると、それはリボンを掛けた小さな箱だった。
「お、サンキュ」
 言うとアユミは「へへ」と笑ってから肩を竦め、パタパタと教室を出ていった。
「友チョコもらってもなぁ……」
 ブツブツ言いながら箱を開けると、中には昨日一緒に作ったはずのチョコがカードと一緒に入っていた。
「あれ?」
 でも、よく見ると昨日見たものよりずっと形が整っている。まだまだいびつだけど。
 ――それに。
「アーモンドが入ってない……」
 俺と一緒に作ったものは、アーモンド入りだった。そして、アユミはあれがチョコ作り初挑戦だった。
 ってことは、俺が帰った後でまた新しく作ったってことなんだろうか。
「その辺のコンビニで買えば良かったのに」
 言いながら何げにカードを開く。……そして、そのまましばらく固まった。
「……え?」
 瞬きしてから恐る恐る頬をつねってみる。
 痛い。夢じゃない。

「ほんと、鈍い2人を友達に持つと大変だわ私」

 突然声が聞こえた。
 顔を上げると、ヤスミがこっちにやって来ながらにやにや笑っている。
「はい、私からのチョコ。これは正真正銘の義理だけど」
 と、女子たちからのチョコの山の中にぽん、と無造作にチロルチョコを放り込む。
「どー見ても本命には見えないわな」
 俺が半眼でそう言うと、ヤスミはコートのポケットから小さな箱を出して振ってみせた。
「このアーモンド入りの方は、私が覚悟して食べてやるから安心していいよ」
 でもアーモンド入りのチョコを作ることになるなんて誤算だったなー。ヤスミはそう言うと、その箱をまたコートのポケットにしまった。
「まぁ、やり直した分、それの形は綺麗になってるでしょ?」
 と、片目をつぶって俺の手の中の箱を指差す。
「お前……俺たちで遊んでたな?」
「さぁね。ま、楽しかったのは事実だけど。2人ともアタフタしたりドキドキしたりして、見てて飽きなかったからね〜」
 くすくす笑ってから、ヤスミはぽん、と俺の肩を叩いた。
「でも、終わりよければ全てよし! ほら、さっさと追いかけといで!」
「…………ばぁか」
 何と言っていいか分からず、俺は立ち上がると頭を掻いてもう一度カードを見下ろした。
 カードには、紙面一杯に大きくペンで文字が書かれていた。
 それは、ひらがなで4文字―――。


 
《だいすき・終》



《コメント》

ありがちなテーマでありがちな展開、そしてありがちな結末ですけど、楓の書く恋愛物もどき、第二弾。
クリスマス企画当選者、桜雪さんのリクエスト「寒さを吹っ飛ばすようなショートストーリー」です。
砂吐きながら書きました。やっぱり私に恋愛物は無理ですね(^_^;)
久々に短いお話を書いたように思います。楽しかった〜vv
ちなみに、恋愛物もどき第一弾は去年のバレンタインに書いた『
今日は何の日?』。
でも、こういう時期でないと恋愛物もどきを書けない私って一体……(アセ)


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