第2章

 フォッティはすぐに見付かった。しばらく進んだ先に留まり、何やらぴょこぴょこと飛び跳ねている。
「フォッティ?」
 声を掛けると、フォッティはこちらを振り返り、全力疾走してフレイに飛び込んで来た。
「!!」
 数歩後ろにたたらを踏んでからフレイが苦笑する。警戒心が強いはずのフォッティに、どうやら自分はかなり気に入られてしまったようだ。
「どうかしたの? こんなところで…――」
 言いながら歩を進めたフレイが足を止め、表情を引き締める。
 フォッティが留まっていた場所は、洞窟の前だった。その入口は大きな木のうろに隠れているため、一見すると気付かない。しかしそれでもその場所をフレイが認識出来たのは、抑えることのない魔力をその中から感じたからだった。
(誰かの新しい足跡がある……)
 入口の足跡を検分してからフレイが耳を澄ませる。かすかに、奥から人の気配がする。一人二人ではない。もっと……五人程。
「リティア、この森にあたしたち以外の誰かが入ったっていう話は聞いて…――あれ?」
 振り返ると、すぐ後ろからついて来ているはずのリティアの姿が消えていた。そして辺りには彼女の身の丈以上ある草が一面に広がっている――どうやらフォッティ探しに気をとられ、いつの間にかリティアを迷子にしてしまったようだ。
(うわー。この状況でリティアを一人にしてしまったのは誤算だわ)
 洞窟の中から感じる魔力は人間のものだが、だからといってその人物が自分たちにとって敵か味方か分からない以上、離ればなれになるのは危険である。
(とにかく、今すぐ戻って探しに…――)
 草の間からリティアの黄金色の髪が見えないかと必死になって視線を彷徨わせていたフレイだったが、頭上からとてつもなく強力な魔力を感じ、慌てて空を仰いだ。
 そこには、飛翔呪文で空からゆっくりと舞い降りて来る女性がいた。彼女の周りには人の頭程の大きさがある水筒がいくつも浮かんでいる。
 身に纏う魔術師協会のマイスターのローブと長い白銀の髪が風になびき、その美しさは精霊か女神かと見紛う程。確か三十代だと父から聞いた気がするが、二十代だと言っても充分に通用するだろう――そのようなことをフレイがぼんやり考えていると、彼女は足が地に着くなりその美しい顔を顰めた。
「サティスロードのお嬢さん、か。このようなところでまた会うとは思わなかったぞ」
「あたしもです。マイスターミシェル=クロフォード」
 フレイが一礼すると、ミシェルは彼女の頭から爪先までを一通り眺め、そして彼女の足元から自分を見上げて来るフォッティに視線を転じた。
「なかなか面白い者を連れているな。何用でここに来た? この森は協会の管轄だぞ」
「協会の……?」
 協会から遠く離れたこの地に、何故協会の領地があるのだろう――いや、それよりも。もしや自分はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのではないだろうか。
(リティアのこと心配してる場合じゃないわ。あたし自身がヤバい)
 ミシェルは、フレイの考えをその表情から汲み取ったらしく、形の良い唇の端を上げて目を細めた。
「今、近くの村で水を補給してもらって来たのだが……彼らが言っている『勇者さま』というのが、もしやお前のことか?」
「あたしは否定してるんですが」
 フレイのその返答にミシェルは愉快そうに笑うと、きょろきょろと周囲に視線を走らせた。
「村長曰く、小さい子供を連れて来ているそうだな。どこにいるのだ? 早く帰って来いと涙ながらに訴えられたぞ」
 親馬鹿ならぬ爺馬鹿とでもいうのだろうか。「過保護過ぎるでしょ」と苦笑してからフレイは頷いてみせた。
「すぐに連れて帰るんで、大丈夫です」
「そうか」
 ミシェルは他に何か言いたそうにしていたが、フレイが『連れの子供』と『協会の者』を会わせたくない、というように表情を強張らせているのを見て小さく溜息をつく。
「今のお前は警戒心を強く持つべきだが、実際そうやって接せられるとな……」
 溜息まじりのその声はあまりにも小さく、フレイの耳にすら届かなかった。
 代わりにミシェルは、フレイと同じく自分を警戒しているらしいフォッティに視線を落とす。
「そういえば、クレーアの街から情報が入って来ていたな。出産間近のフォッティが管理下の森から盗まれた、と。もしやこのフォッティは――」
 彼女の視線は盗人に向けるものではなく、『何やら面白そうな事件に巻き込まれた者』に向けるものだった。それを受けたフレイが小さく頷く。
「そのフォッティが、多分この子の母親だと思います。さっきあたしがやっつけた奴らが『盗んだ』って言ってましたから」
「ほぅ?」
 フレイの伏せた目から、母親の方の生死についても察したのだろう。ミシェルは「後で部下に探させよう。私はこれから協会に戻らねばならない」と言うと、少し屈んでフォッティを覗き込んだ。
「なかなか利口そうなフォッティだ。お前にも随分懐いているようだが?」
 ミシェルのその言葉に、フレイは少しはにかむように笑ってから、表情を引き締めて彼女を見上げた。
「あの、クロフォードさん。今から協会に戻るんなら、このフォッティを協会の方で保護してもらえませんか? クレーアの森に返してもらいたいんです」
「……」
 フレイの言葉でミシェルはしばし考え込んだ。やがて、フォッティに視線を動かして言葉を紡ぐ。
「それは構わないが。だが、協会に引き渡しでもすれば、協会所有の剥製がひとつ増えるだけだろうよ」
「え!?」
 思いも寄らない言葉にフレイが目を見開くと、ミシェルは冷ややかに笑ってみせた。
「協会が何をする場所か、忘れたか? 学術的研究のためなら、絶滅危惧種だろうが何だろうが実験材料にするような輩の集まりだぞ。協会を通さずクレーアに返す方が賢明だろうな」
 自分もその協会の一員だろうに、ミシェルはきっぱりそう言い切るとフォッティを一瞥した。
「え? それじゃあ、あたしがこの子を……?」
 そのような重大任務を、お尋ね者の自分が受けても良いものだろうか。狼狽するフレイを前に、ミシェルは懐から紙切れを出してそれに何やら記すと彼女へ突き出した。
「お前、トゥアに向かう途中だそうだな? そこからクレーアは左程離れていないだろう。頼んだぞ」
 押し付けられた紙を見ると、流麗な文字でクレーア町長への伝言とその下にミシェルのサインが書かれていた。要するに、トゥアに行った後でクレーアに寄って町長にフォッティを渡すように、という指令なのだろう。
 ――が。
「何であたしがトゥアに行くって……」
 聞き捨てならない単語を耳にしたフレイがしばらく固まった末、そう声を絞り出す。
 自分がトゥアに行くのを知っているのは、一か月前に知り合った護り人リュースと協会のマイスターハリス、そしてその徒弟シャディールのみのはず。三人とも、口が堅いからまず口外することは――
「エンディミアから大体の話は聞いた」
「……」
 ――約一名、過大評価していたようだ。
 誰にも内緒のはずなのに、あのおしゃべりカラスめ――心の中で毒づいたフレイのその心情を察したのか、ミシェルが今度は愉快そうにクックッ、と笑う。
 あのハリス=エンディミアがフレイの向かう先についてこうも容易く話しているということは、彼女は信頼に足る人物ということなのだろう。そして、逃亡中のフレイの状況を知った上でミシェルが会わせようとするクレーア町長も、恐らく敵ではない――と思うのは、甘い考えだろうか。
 しかしこの様子から察すると、ミシェルはフレイの存在を協会には話さずにいてくれるようだ。
「……分かりました」
 頷いたフレイは、洞窟の方に視線を転じた。
 そういえば彼女は確か、魔術師協会の長エヴィン=ガーランドの密命を受けて極秘調査に出掛けていたはず。今がその『極秘調査』の真っ最中なのだろうか。
「あの、その洞窟に一体何が……?」
 フレイが尋ねると、それまでの気安い雰囲気から一転、ミシェルがすっと目を細めて冷たく鋭い視線を向けて来た。
「無駄話はこれくらいにしておこう――お前が今日ここで見たことは他言無用だ。こればかりは、例えお前が真に信用出来る者であっても口外すること許さん。もしそれが露見したときは、問答無用で」
 そこで言葉を切り、形の良い唇の端をにぃ、と上げてみせる。その言葉がどう続くのか問わずとも分かるし、それを敢えて聞く程フレイも愚かではない。
「用事が済んだのなら、早々に立ち去れ。良いな」
 そう告げると、ミシェルは洞窟の中に入って行ってしまった。
「……」
 素人目からは、ただの洞窟にしか見えない。しかし、本当に『ただの洞窟』ならば、協会のマイスターがいるはずもないし、水を補給したということは、何らかの調査が長期戦に及んだのだろう。
 フレイはもう一度洞窟を振り返ると、後ろ髪を引かれる思いで洞窟から離れた。
 いくら推測を重ねても答えは見付からない。彼女たちとここで遭遇したことは、フレイにとって、果たして重要な意味を持つのか否か――。

「うわぁぁぁん! お姉ちゃぁぁん!!」

(!)
 前方から聞こえて来た声で、フレイはハッと我に返った。
「リティア!?」
 しかし、声のする方向に彼女の姿はない。フレイは慌てて周りを見回した。
「リティア!? どこ!?」
《きゅー!》
 フレイの必死な声を聞いたフォッティが突然走り出し、少し離れたところの草むらで飛び跳ねる。慌てて駆け寄ると、そこには小さな縦穴が開いていて、その中にリティアが蹲っていた。どうやらこの穴に落ち込んでしまったようだ。
「り……リティア!? 大丈夫!?」
 手を差し伸べると、グシグシと涙を拭っていたリティアがフレイに気付き、うるうると潤んだ目で見上げて来た。
「お姉ちゃ……怖、かったぁぁ……」
 引っ張り上げると、リティアは苦痛に顔を歪め、歯を食いしばった。穴から救出すると地面に両手をつき、ゼイゼイと息を切らしている。
「ごめんね、リティアがこんな目に遭ってることにあたし、全然気付かなくって……」
 自分が守るから大船に乗ったつもりでいろ、などと豪語したくせに、いざというとき傍にいなかったとは。
「ごめんね、リティア……」
「ううん、余所見して足を踏み外しちゃったリティアが悪いんです。……あ、そうだ! これ、見付けました!!」
 得意そうにリティアが手に握っていたものを突き出す。泥土に塗れているが、何かの草のようだ。
「草? ……あ、じゃあ、これがリティアの言ってた薬草!?」
「はい!」
 身体中泥だらけのリティアが、本当に嬉しそうに笑う。
「これでお爺ちゃんを助けられる! ありがとうございます、お姉ちゃん!!」
「ううん、あたしは……」
 そう答えたものの、やはり自分に向けられる笑顔は嬉しい。フレイがつられて笑顔になっていると、
《きゅー……》
 足許から切なげな鳴き声が聞こえて来た。
 ふと見ると、フォッティがリティアの手の中の草を物欲しそうな目で眺めている。
「だっ、駄目だよフォッティ! これはリティアがお爺ちゃんにあげるんだからねっ!」
 フォッティから遠ざけるように、薬草を持つ手を慌てて頭上に掲げ牽制するリティア。
《きゅー……》
 リティアの手の動きに合わせてフォッティの視線がきょろきょろと動く。その目が輝いているように見えるのは、フレイの気のせいではないだろう。
(まぁ確かに、草食のフォッティにとっては、どんな草も単なる食料に過ぎないんだろうな。薬草だろうが何だろうが…――)
 苦笑しながらリティアとフォッティのやり取りを眺めていたフレイ、そこではたと気付いて口の端を引き攣らせる。
「……もしかして」
 村を襲った『魔物』は草食で、被害はここ数日。そして、フォッティ母子が黒狼たちに連れて来られたのは数日前――。
「そういうこと、か」
「? 何が『そういうこと』なんですか、お姉ちゃん?」
 呟いたフレイの言葉を捉えたリティアが怪訝そうに首を傾げる。しかし、フレイはそれに首を振るだけで何も言わず、代わりにフォッティの顔を覗き込んだ。
「これからしばらくの間はあたしがご飯をあげるから、勝手に他所んちのものは食べちゃ駄目。分かった?」
《きゅー!》
 フレイは気付いたのだ。『田畑を荒らすもの』の正体が、魔物でも密猟者でもなく、他ならぬフォッティだということに。恐らく時期的に考えると、犯人は母親フォッティなのだろうが。
 しかし、これからは仔フォッティがそうならないとも限らない。行く先々で田畑を荒らされては大変である。
「どういうことなんですか、お姉ちゃん?」
「ううん。もう村を悩ます『魔物』はいません、ってこと。これからは安心して暮らせるよ、リティア」
「ほんと!?」
 ぱあっと目を輝かせるリティアに微笑み返すフレイ。
 自分がフォッティを連れてこの森から出れば、被害はなくなるだろう。……少々心苦しいが、この仔を村長たちに突き出す訳にも行くまい。
「……じゃ、帰ろうか」
「はい!」
 引き込まれる程明るい笑顔を見せ、リティアが村への道を後戻る。しかしその足取りは、どこか急いでいるように見える――まるで、すぐにこの場から離れたい、と言うかのように。
(暗い穴の中で、きっとすごく怖かったんだろうな)
 それでも健気に笑ってみせるリティア。フレイは目を細めると、もう一度洞窟を振り返ってから、リティアの後を追って村へと帰還した。




 第3章

「やはり! あの森には魔物がおったんじゃな!!」
 村に戻って『魔物を倒したよ』とだけ告げると、村長は大きく胸を撫で下ろし、大喜びした。丁度居合わせていた郵便屋も、彼らから話を聞いていたらしく「すごいな嬢ちゃん、化け物を五匹も退治してくれたのか」と目を丸くする。
 何やら話が大きくなっている気はしたが、それ以上何も言わず曖昧に笑ってみせるフレイ。
 そしてフレイは、村長に抱き着いているリティアを見遣った。号泣する村長に力一杯抱き締められて、困ったような嬉しそうな顔で笑っている。
(……)
 自分が抱き締めたときのあのリティアの苦しそうな表情が思い浮かび、フレイは思わず自分の手を見下ろした。
 村長のように思う存分誰かを抱き締めることが出来ない自分の恐ろしい力を思い、小さく溜息をつく。
《きゅー?》
 肩に乗せたフォッティがその溜息を聞き、不思議そうな声をあげる。何だか「大丈夫?」と言われているようで、フレイは小さく微笑んだ。
 少し強張ったその笑みを誤魔化すように空を振り仰ぐと、太陽がゆっくりと西へ傾いて行っている。ぐずぐずしていると日が落ちてしまうだろう。
「あたし、そろそろ出なきゃ。次の村に着くまでに夜になっちゃうといけないし」
 今村を出れば、暗くなる前には次の村に辿り着けるだろう。それからトゥアを目指して歩くと……どれくらい掛かるだろうか。それをフレイが算段していると、村長が手に持っていた手紙をぱたぱた振りながら声をあげた。
「折角じゃからもう一晩泊まって行ってくれんかのぅ? この村を救ってくれたお礼だ、盛大にもてなしますから」
 残念そうに村長が言うのを、苦笑まじりにフレイが遮る。
「大丈夫。充分もてなしてもらったから。それに――」
 自分は、『魔物』を退治してはいない。村を救った覚えもない。ただ単に、自分にいちゃもんをつけて来た黒狼の残党を退治しただけだ。……その彼らも、今頃はミシェルの部下が捕らえてくれたであろう。
 それなのに、これ以上村長たちの世話になるのは申し訳ない。
「お世話になりました」
 そう言ってフレイが礼をすると、村長の隣にいたリティアが「本当にありがとうございます」と嬉しそうに笑った。
「ううん。あたしも、お弁当ありがとう、すごく美味しかった」
 その言葉でリティアが満面の笑みを見せ、再び村長に抱き着く。村長もそれで嬉しそうに笑い返してから、フレイの肩のフォッティを怪訝そうに見遣った。
「ところで、さっきから気になってたのじゃが。その肩の動物は、もしや――」
「兎です」
「え? いや、でも――」
「兎です。兎以外の何に見えると?」
「え? ええっと……」
 頑に兎だと主張するフレイの様子に村長も村人たちも、フォッティには見えるがもしかしたら本当に兎の一種なのだろうか、と思い始めたようだ。或いは自分たちが決して尋ねてはならない質問だったのか、と思い口を噤んだ者も。
「じゃあ、皆元気でね」
 そう言ってペコリと頭を下げたフレイに、残念そうながらも村人たちが一斉に頭を下げる。
「勇者さま、ありがとうございました! お元気で!!」
「……だから、あたしは勇者じゃないってば……」
 苦笑しつつフレイは彼らに軽く手を振り、歩き始めた。
 村を出てもしばらくは彼らの歓声が聞こえていたが、遠ざかるにつれて聞こえなくなり、それと同時に一抹の淋しさを感じるフレイ。元々一人旅しているため『独り』には慣れているが、他の人と長く触れ合い、離れたときに感じる喪失感。それにはなかなか慣れることが出来ない。
《きゅー?》
 肩に乗せたフォッティが小さく鳴く。「自分がいるよ」と慰められているようで、フレイは軽くその頭を撫でながら苦笑した。
「そうだね、これからは一人じゃないんだった。……って、そういえば名前、つけた方が良いのかなぁ……」
 名前がないと、どうもしっくり来ない。下手に名前をつけると愛着が湧き、離れるときに淋しさが倍増するのだろうが、かといってこれから先も『フォッティ』とは呼べないし――。
「……うーん……」
 しばらく考えた末、フレイは自分を見上げているフォッティの視線に気付き、小さく微笑んだ。
「……まぁ、のんびり考えて行けば良いか」
 ――と、そのとき。

「お姉ちゃーん!」

(へ!?)
 聞こえてはならない声が聞こえた気がして、フレイは慌てて後ろを振り返った。そこには、大きく手を振り駆けて来るリティアの姿が。
「り……リティア!? どうしてここに!?」
「あのっ! えっと、えっと、り、リティア……っ」
 余程急いで駆けて来たのだろう。ゼイゼイと息を切らせるリティアにフレイが慌てて水筒を差し出すと、彼女はそれを急いで呷り喉を落ち着かせようとした。
 それでもしばらくは肩を上下させて苦しげに息を荒げるリティアの姿を見遣るフレイ――何となく、嫌な予感がする。
 リティアの格好は今までの村娘ではなく、旅行者のそれをしている。そして肩には小振りながらもしっかり荷物を詰めた袋。
「……えっと、リティア。もしかして……」
 恐る恐る尋ねるフレイに、顔を上げたリティアはぺこりと頭を下げた。
「リティア、お爺ちゃんのお使いでレビスの村まで行くことになったんです。お姉ちゃん、フォッティを連れてるってことはクレーアに行くんですよね? だったら近くだし、途中まで一緒に連れてってもらえませんか?」
「……」
 やはり予感は適中したようだ。村長の悲痛な泣き声が聞こえた気がして、フレイはこめかみを押さえた。
「村長さんは、リティアが村から出たのを知ってるの?」
 無断で飛び出して来たのなら、時間が勿体無いが後戻って送り届けなければ。そうフレイが考えているのを見越したように、リティアが慌てて言葉を続ける。
「お爺ちゃんから頼まれたお使いなんです。レビスの村にいるお友達に届けものをしてくれ、って。さっき郵便屋さんがお友達からの手紙を運んでくれて――」
「……ああ、そう言えば」
 郵便屋の姿があったことを思い出したフレイが小さく頷き、視線を元来た道に向ける。
「だとしても、小さいリティアに長旅は無理だよ。『勇者さま』のあたしが代わりに届けるから、リティアは自分の村に戻りなさい。あたしが連れて行ってあげるから」
「だ、駄目です!!」
 後戻り始めたフレイの腕を慌てて掴んだリティア。その途端、彼女は小さく呻き声をあげたが、掴んだ腕を離さず、逆にぎゅっと力を込めた。何としても村には返すまい、とするかのように――そのときふっと鉄の匂いがしたのは、気のせいだろうか。
「お爺ちゃんから言われたんです。お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くように、って。それに、レビスの村に着いたらお友達の家にしばらく泊めてもらうことになったんで、心配しないで下さい」
「泊めてもらう……?」
 あの『リティア命』の村長が、何日もリティアの顔を見ずにいられるだろうか。……否、それは無理だ。

「入院、するんです」

 何とかして村に戻ろうと考えを巡らせていたフレイの思考が、その言葉で停止する。
「……え?」
「お爺ちゃん、入院することになったんです。前から病院にお願いしてたんですけど、ベッドが空いてなくて……」
 そこでリティアが唇を噛み締める。
「リティア、お爺ちゃんが入院したらひとりぼっちになっちゃう。だから、お爺ちゃんが入院する前に、何とか薬草で病気を治したかった。でも」
 じわりと彼女の目に涙が溜まった。
「駄目でした。あんな量じゃとてもお爺ちゃんを治せやしないって皆に言われて……」
 薬草を見付けたときの、リティアのとても嬉しそうな表情がフレイの脳裏に蘇る。自分のしたことが徒労に終わったと知ったとき、彼女は何を感じただろう。
「お爺ちゃん、リティアが持って帰った薬草をすごく喜んでくれました。……でも結局、リティアの力じゃお爺ちゃんを助けられなかった。お姉ちゃんに手伝ってもらって、あんなに頑張ったのに……」
「リティア……」
 どう慰めようかとフレイが思案していると、リティアはゆっくり首を振り、疲れた笑みを浮かべてみせた。
「お爺ちゃんが入院している間、リティアはレビスの村のお友達のところで厄介になることに決まったんです」
 現状を受け入れるしかない、と諦めた者の笑みは、儚く消え入りそうな程かすかなものだった。
「え? じゃあ、届けものって……」
「リティアが、レビスの村のお友達への届けものなんです」
「……」
「お姉ちゃんの邪魔はしないように気をつけます。だから、連れて行って下さい。お願いします!」
 そのような話を聞かされると、まだ色々と疑問点はあるものの、断る訳には行かないだろう。
「……分かった。じゃあレビスの村まであたしが責任持ってリティアを送り届けるから」
「ありがとうございます!!」
 本当に嬉しそうにリティアが笑い、ぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします、お姉ちゃん! フォッティもよろしくね!!」
《きゅっ》
 フォッティが小さく鳴く。彼が何と言いたいのかは分からないが、リティアの言葉の後に鳴いているのだから、恐らくは「了解」という意味合いのものなのだろう。
(一人旅が、いきなり子供と小動物連れになっちゃったなぁ……)
 苦笑したフレイが肩を竦め、向かおうとしていた方向に視線を向ける。
(……まぁ、良いか)
 同行者がいてもいなくても、フレイは進むしかない。これから何が起こるかは分からないが――
「取り敢えず、行こうか」
「はいっ!」
《きゅっ!》
 フレイたちの旅は、今始まったばかり。何が起こるかなんて、今はまだ分からないのだから。


 The End.



《コメント》

フレイのお気楽道中冒険記、第2部第3話です。お気楽と言いつつもそうでない箇所もあり、第3部への陳腐な伏線もあったり。
そして第3部がいつアップ出来るかは全くの未定だったり(笑)


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