第1章

 ピーチチチ……
 フレイア=サティスロード――通称フレイ――が鬱蒼とした森を歩いていると、頭上から小鳥たちのさえずりが聞こえて来た。
 今彼女の耳に入るのはその小鳥のさえずりと、さやさやと草が風に揺れる音のみ。
(村長さんが主張する魔物なんて、やっぱり居ないじゃない)
 フレイは耳が良い。しかし、その彼女がどれだけ耳を澄ましても、魔物の雄叫びの類は聞こえて来ないのだ。
 小山程の大きさで身体が赤銅色、爪は鋭く、目からは人を石に変える不思議な光を放つ――村長の想像するような生物の痕跡すらない。
(普通、それだけ大きな生き物がいれば、そいつの通った跡とか、食い散らかした動物の屍骸なんかがあっても良いはずだし)
 とは言うものの、『何か』がこの森にいるのは間違いない。何らかの気配だけは感じるのだ。それが自分にとって敵か味方かまでは分からないが。
(まぁ、例え何だろうが危険因子ならあたしが排除するし、そうでないのならそれなりに対処するだけだけど。問題は……)
 フレイは足を止めると、自分の身の丈程もある草を掻き分けて必死に付いて来るリティアを振り返った。
 森に入ってしばらくした頃、振り返るといつの間にやら彼女が付いて来ていたのだ。危ないからと追い返そうとしたが、リティアは見た目によらず、なかなかに頑固。ついて来ると言って聞かなかったので、しばらくそのまま歩かせてみたのだが。
「ほら、もう分かったでしょ。この森は歩くのだけでも大変なんだから。それに、リティアがいなくなったのに気付いた村長さん、今頃真っ青じゃないかな。あたしと一緒に、今から村に戻ろう?」
「……」
 フレイの言葉に、リティアは何やら思案するように俯いた。何か言い訳を一生懸命考えている、という様子で。
「……村に戻りたくないって顔だね?」
「!」
 図星だったのだろうか。リティアが不意を衝かれて驚いたように目を見開き、顔を上げる。
「ここなら誰もいないよ。何かあたしに言いたいことがあるんじゃない?」
「……」
「昨夜も、何か言いかけてたのに結局聞けず仕舞いだったもんね」
 昨夜はあの後、リティアの不在に気付いて血相を変え寝巻きのまま外へ飛び出した村長の大声で、そろそろ眠りに就こうとしていた村の者たちが叩き起こされるという事態になった。
 それきり、今に至る。
「村に戻りたくないんじゃなくて……その、勇者さまのお手伝いがしたかったから――」
 焦ったようなリティアのその言葉に、フレイがゆっくり首を振る。
「嘘」
「……」
 きっぱりと否定されたリティアが俯いて唇を噛んでから、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「お爺ちゃんにも誰にも言わないって、約束してもらえますか?」
「え? あ……うん、いいけど」
 真剣な表情に面喰らったフレイが頷くと、リティアはホッと安心したように微笑み、そして話し始めた。
 両親と、王都ティーヴェにある小さな家で平凡ながらも幸せに暮らしていたリティア。
 しかし二か月前に起きた協会爆破事件の際、事務員として働いていた父が瓦礫の下敷きとなって死亡。そのため、リティアは母に連れられてこの村に向かったのだが、その母も村に着く直前、過労と心労で亡くなった――そこまで話した後で、彼女は付け加えた。皆が自分を心配するから、他の人と話をする際にはそのことに触れないで下さい、と。
 まだ幼いリティアが今まで一体どれ程つらい思いをして来たのかと思うと、フレイはもう何も言えず頷くしかなかった。
 そして、あの事件の被害者がここにもいたのだと思うと、余計に何も言えなくなってしまった。いくら無実だと訴えても、協会から指名手配されている身としては、その声に何の力もないことを知っているから。
 それに――それを抜きにしたとしても、あの塔で起こった悲劇を人に話すことは、まだ出来そうにない。
 死に行く父に何も出来ず見守るしかなかった自分。そんな自分の頭をゆっくりと撫で、逝った父。あの光景を思い出すこと自体、まだ今の自分にはつらすぎる。
「リティア、お母さんが亡くなったときすごく怖かったんです。村に着いてもリティアの居場所はないんじゃないか、みんなに邪魔者扱いされるんじゃないか……でも」
 ぎゅっと拳を握り締め、リティアが目を伏せる。
「皆はリティアのこと、すごく大切にしてくれました。お爺ちゃんなんて、リティアを目の中に入れても痛くない、って言って可愛がってくれて――すごく、嬉しかった」
 ほんのりと頬を染めてリティアは目を細めた。しかしそこで悲しそうに眉を寄せる。
「でもお爺ちゃん……リティアの前では元気そうにしてるけど、本当は悪い病気に罹ってるんです」
「え?」
 昨夜見た、薬を飲む村長の姿が思い浮かぶ。やはり、彼は具合が良くなかったのだろう。
「お爺ちゃん、今お医者さんにもらったお薬を飲んでるんですけど、全然効かなくて……夜に痛そうに唸ってる声をリティア、よく聞いてました。もし……もしも、お爺ちゃんまでいなくなっちゃったらリティア――」
 小さな握りこぶしが震える。ひとりぼっちは嫌だ、と呟く声がかすかにフレイの耳に届いた。
「前に、隣のおじさんが教えてくれたんです。この森にはすごい薬草がある、って。その薬草があれば、お爺ちゃんの病気も治るかもしれない。だからリティア、お爺ちゃんに薬草を持って帰りたいんです」
 ぎゅっと拳を握り締めたリティアの目に浮かんだ涙。それに気付いたフレイが口を開きかけると、彼女は慌てて涙を拭い顔を上げた。そして、無理矢理作った笑顔をフレイに向ける。
「だ、大丈夫です! リティア、大丈夫ですから!!」
 それでも尚フレイが困った表情を浮かべると、リティアはもう一度「大丈夫」と繰り返してから再び目許をぐいっと拭った。
 幼い彼女の強い意志を察したフレイが表情を改めて唇を引き結ぶ。
「リティアの気持ちは分かった。あたしもその薬草探しに協力するわ。……でも、その薬草のことを前もって教えてくれてたら、あたしだけで探せたのに。もしリティアがここで怪我しようもんなら、それこそ村長さんの胃に穴が開きかねないわ」
 その言葉に、リティアが再び激しく首を振る。
「ただ待ってるのは嫌なんです! それにリティア、うまく薬草の形を説明出来ないし……。でも! 絶対足手纏いにはなりませんから!! 勇者さま、お願いします!!」
「……」
 がしがしと頭を掻くと、フレイは赤くなった顔を空に向けた。
「あー、分かった分かった。そこまで言われちゃ、追い返す訳にもいかないわ」
「! じゃあ!!」
 ぱあっと目を輝かせるリティアに、フレイが指を突きつける。
「但し! 無茶はしないこと、あたしから離れないこと。いい!?」
「はい! ありがとうございます、勇者さま!!」
 目を輝かせて言うリティアのその言葉に、フレイがやれやれ、と肩を落とす。
「…………だからね、その『勇者さま』っての、やめてくれないかな。あたしにはちゃんと名前があるの。あたしの名前は――」
「……嫌なんですか?」
 名乗ろうとするフレイを、指を組んだまま目を潤ませたリティアが見上げる。
「い、嫌って訳じゃないけど……その、すっごく恥ずかしいのよ」
 泣き落しにはつくづく弱いと実感するフレイ。しかしここできっぱり否定しておかねば、ずっと『勇者さま』と呼ばれることになってしまう。そのような大層な存在ではないし、そう呼ばれては鳥肌が立ってどうしようもない。
 しかし、困っているフレイをリティアは察したらしい。うーんうーんと唸っていたが、やがてぱぁっと顔を輝かせた。
「じゃ、じゃあじゃあ、『お姉ちゃん』!」
「えええ!? おっ、お姉ちゃん!?」
 驚いたフレイが声をあげたが、リティアの方はこの呼び方が気に入ったらしい。満面の笑みを浮かべている。
「リティア、一人っ子だからお姉ちゃんが欲しかったんです。……嫌ですか?」
「……っ!!」
 再び上目遣いで目をうるうると潤ませて見上げて来るリティア。
「………………かっ」
「? 『か』って……」
 何ですか、とリティアが尋ねようとしたが、それよりフレイが彼女に抱き着く方が早かった。
「可愛いぃぃぃっっ!!」
「!!」
 普段冷静に徹してはいるけれど、フレイは可愛らしいもの、小さいものが大好きなのだ。そのどちらにも該当するリティアにこのような仕草をされて、我慢出来るはずがなかった。
 無論、思い切り抱き締めると、彼女の持つ『力』の膨大さに、大惨事が起こってしまう。その辺りの力加減はしているが。
「リティアが村長さんを助けたいって思う気持ちはよーく分かった! あたしが守ってあげるから、どーんと大船に乗ったつもりでいなさい!」
「あっ、あの、お姉ちゃん。離して……くれませんか。ちょっと、苦しい……」
 見ると、つい先程まで血色の良かったリティアの顔が青白い。全く力を入れていないつもりだったが、やはり一般的にはそうでもないらしい。
「! あっ、ごめん!!」
 頬擦りしかねない勢いだったフレイが、慌てて身体を離して咳払いをする。
「え、えーっと。じ、じゃあ、とにかく、まずはその薬草を探しに行こうか」
 フレイから離れると、リティアの顔色も良くなったようだ。
「……はい」
 それでも、やはりまだどこかつらそうに顔を歪めている様が、見ていて痛々しく申し訳なく。フレイが再び「ごめんね」と謝ったが、リティアは「ううん、大丈夫です」と慌てて笑顔を作った。
 ちらりとフレイを横目で見、「やっぱり……」と呟いたリティアは、フレイが視線に気付いて首を傾げると何でもない、と首を振り前方へ視線を戻した。しかし、それでもちらちらと無意識に視線を向けて来るのが、フレイには肌で感じ取れる。
(どうかしたのかな?)
 尋ねようかと思ったフレイだが、堅く引き結んでいるリティアの口は、そう簡単に緩められそうにない。
(まぁ、話したければそのうちリティアの方から口を開いてくれるよね)
 色々と抱えているらしいリティアに、これ以上負担を掛けたくないし――フレイが目を細めてそう考えているのを、当のリティアは再び視線を向けたときに察したらしい。
「……」
 それからもしばらくは無言で何かを考えながら歩いていたリティアだったが、やがておずおずと口を開いた。
「あの。お姉ちゃんは、ずっと一人で旅をしてるんですか?」
「え? あ、うん……ちょっと前からね」
 二か月前、魔術師協会に指名手配された、その日から。
「えっとえっと、じゃあ、恋人さんとかは?」
 その言葉に思わず苦笑してから、微笑ましくなったフレイは頬を緩めた。
 先程リティアが何か言いたかったのは、恋人の有無の質問だったのか。何が『やっぱり』だったのかは分からないが、リティアもやはり女の子、と言ったところか。
「いないよ、残念ながらね。好きな子はいたんだけど、ちょっと今、喧嘩しちゃって……もう、無理だろうな」
 ――ずっと想いを寄せていた、幼なじみのレオン。
 彼が何故、迷うことなく自分に刃を向けたのかは……分からない。例え幼馴染みであろうとも、協会に刃向かう者には容赦なく制裁を加えるように、と普段から指導されていたのだろうか。
(レオンがそんな子だったなんて思えないけど……でも、どっちにしろ、もう駄目――だな)
 まだ気持ちを吹っ切れてはいないけれど、昇華出来るときは来るだろうか。そして、いつかは別の誰かを好きになって……。
(……馬鹿。このあたしに、そんな資格があるはずないじゃない。恋とか愛とか、そんなのはもう……)
「お姉ちゃん? どうかしたんですか?」
「!」
 リティアの声で我に返り、フレイは慌てて笑顔を作った。
「あ、ううん。何でもない。……でも、そっちこそどうなの?」
「え?」
 場の空気を変えるように、わざと悪戯っぽい笑みを作って尋ね返してみる。
「リティアは好きな子とか、いないのかなーって思って。十歳じゃ、まだそんな子はいない、かな?」
「好きな……って……いうか……その、いつも一緒にいたいって思ってた子なら……」
「へぇ……」
「意地っ張りで心配性で……弟みたいな子だったんですけど……」
 リティアが目を細める。フレイに向けるものとは違う、それはまさに『恋する女の子の目』で。
(可愛いなぁ〜)
 また抱き着きたい衝動に駆られたが、我慢我慢。
 と、そこでリティアの腹の音がきゅるる、と鳴った。「あ」と声をあげて顔を赤くしたリティアにフレイが苦笑ひとつ、自分の肩に掛けていた袋を指差す。
「別に怪しい気配もしないし、取り敢えずこの辺でご飯を食べない?」
 腹が減っては戦にならぬ。
「あ、はい!」
 フレイはその嬉しそうな笑顔に笑い返すと、適当な石に腰を下ろした。そして袋の中から弁当箱を取り出す。リティアが朝早く起きて作ったというそれは、見た目は悪いが味はなかなかのものだった。
「んー、これなら将来が楽しみだなぁ」
 卵焼きの適度な甘さにフレイが感嘆して頷くと、リティアは照れたように肩を竦めてみせた。
「そ、そんなことないですよ! まだまだ勉強しなきゃいけないこと、いっぱいあるし」
 その言葉に「謙虚だねぇ」と言いながら、フレイが弁当箱を隣の石の上に置いて水筒を手に取る。今日は暑くないので、水分補給もそれ程必要ではないだろう。
「リティアは、この年の子にしちゃ賢いし礼儀正しいし、」
《きゅーっ》
「村長さんのためにこんなに一生懸命なのが健気よね。ほんと、」
《きゅーっ》
「あたしもリティアみたいな可愛い妹が欲しかったなぁ」
《きゅーっ》
「…………」
《きゅーっ》
「………」
《きゅーっ》
「……」
《きゅーっ?》
「…」
 フレイが後ろを振り返ると、そこには仔猫と仔兎によく似た小動物が、首を傾げて興味深そうに弁当箱の中を眺めていた。フレイが振り返ったことで、視線を上げたその動物と不意を衝かれたフレイの目が合う。
「フ……フォッティ!?」
 ぎょっとして立ち上がるフレイ。リティアも驚いたように眼を見開き、黄色い歓声をあげた。
 天敵が多いため、生まれてすぐ歩くことの出来る――そうしなければ肉食動物に補食されるため――フォッティは、絶滅危惧種に指定された動物。今では東のクレーア地方にしか生息していないはず。
「何でここに?」
 言いながらフレイが近付いてみるが、仔フォッティは逃げもせずその場に立ったまま彼女をじっと見上げている。どうやら雄のようだ。
「どうしてこんなとこにフォッティが? ……って、ちょっとちょっと!?」
 フレイが自分に危害を加えないと踏んだのか、フォッティは石の上の弁当箱からサンドイッチのレタスをくわえ、美味しそうに齧り始めた。弁当箱を覗き込んでいたのは、これが目当てだったか。そういえば、フォッティは草食だと聞いたことがある。
「……あんた、お腹空いてるの?」
《きゅー!》
「……ほんと、頭が良いんだなぁ」
 フォッティは人間の言語を理解出来るのか否か、というのが、王都の学者たちの間で論議されている。結果、複雑なことは分からないだろうが簡単なことならば理解出来るだろう――というのが、彼らの出した結論だ。
 フレイが恐る恐る頭を撫でてみると、フォッティは気持ち良さそうに目を細めた。
 レタスを食べたということは、もう授乳時期は過ぎているのだろう。しかし、それでもまだ母親と一緒にいなければならない時期のはず。母親は一体どこに……?
「わぁ! ね、ねぇお姉ちゃん、リティアもその子の頭、撫でてみても良いですか!?」
 目をキラキラさせてリティアがフォッティに寄って行く。しかし、
《きゅー!》
 フォッティはぴょこんと飛び跳ねると、慌ててフレイの後ろに回り込み、フレイの脚にその小さな手を掛けるとリティアの方に視線を向けた。隠れているつもりらしいが、どこも隠れてはいない。
「あれ……リティア、嫌われちゃったのかなぁ?」
 リティアが悲しそうに眉を下げて「おいでおいで」とフォッティを手招きするが、フォッティはフレイの後ろから動くつもりがないようだ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんもこの子に何か言って下さいよー!」
「…………」
「ほらフォッティ、怖くないよーおいでー!」
《きゅっ!》
「…………」
「あー、逃げないでー!」
《きゅー!》
「…………っ!!」
 小さなリティアと小さなフォッティの愛らしい掛け合いに、フレイは思わず息を呑んだ。可愛すぎて目眩がする。
 しかし、そのとき。
「赤ん坊がいなくなりやがった!せっかくの貴重商品なのに!」
「とっとと見付けて帰りましょう兄貴! 親分もねぐらで俺たちの帰りを待ってますよ!」
「《黒狼》のナンバー3と呼ばれた俺さまが、クレーアくんだりからフォッティを捕まえての御帰還だ。親分たちも、そろそろトップの椅子を明け渡す覚悟を決めてくれてるかもしれねぇな」
 フレイたちの背後から野太い声が聞こえ、やがて、如何にも盗賊だと言わんばかりの格好をした男三人が現れた。
「…………」
「…………」
 盗賊たちとフレイたち、両者、しばしの沈黙。しかし、次の瞬間叫んでいたのは盗賊たちの方だった。
「あーっ! 兄貴、あの女がフォッティの赤ん坊を!!」
「何ぃっ!? てめぇ、何者だ!!」
「何者って……あたしは単なる通りすがりの賞金稼ぎだけど。そちらさんこそ何者? 人に誰何するときは、まず自分が名乗るべきよ。……あ、それと、」
 フレイは三人を眺めて腕を組むと、にんまりと笑ってみせた。『死神の微笑み』とよく評される、物騒な笑みを。
「あんたらが《黒狼》の一味なのだとしたら、あの山に帰ったってお仲間はいないわよ。この前あたしが、奴らを一網打尽にしちゃったから」
「! な……」
 空いた口が塞がらない、とはこういうことを言うのか。三人揃ってかぱっと口を開け、フレイを凝視する。しかし、しばらくすると彼らは大笑いを始めた。
「はっ! お前みたいな細っこい小娘に俺の仲間がやられただと!? 馬鹿も休み休み言え!」
「ほんとのことなんだけどなぁ……」
 苦笑しつつ、フレイが頭を掻く。まぁ確かに、自分の体格を見れば疑いたくもなるだろう。
「そんなことより! ほら、そこにいるフォッティ。それは俺たちのものなんだから、大人しく渡しな」
 しかつめらしい表情で盗賊たちがフレイに手を差し出すと、フォッティはぎゅっとフレイの脚に掴まった。かすかに震えている気がする。
「あらあら、この子はあんたたちのものじゃないって言ってるけど?」
「んなもん何でてめーに分かるんだよ! そいつの死んだ母親は俺らがここまで連れて来たんだからな! 四の五の言わずにさっさと返しやがれ!!」
「やだ」
 きっぱりあっさりフレイが言うと、盗賊たちは剣を抜いてそれをちらつかせた。
「あくまで刃向かうって訳だな? だったら、こっちにも考えがある」
「フォッティの他に別嬪の小娘まで手に入れられたんだからな。今日はついてるぜ」
「売りさばく前に、たっぷり俺らが可愛がってやるからな。へっへっへ」
「……乙女の敵に決定」
 フレイは半眼になると、腰の鞘から剣を抜いた。
「下衆なあんたたちに、このあたしが捕まるはずがないでしょう。一分……ううん、三十秒で片付けてやるから覚悟なさい」
「くっ……下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 大層に剣なんかぶら下げてるが、おめぇみたいな小娘が俺たちに敵うはずねぇだろうが!」
「それは、戦ってみるまで分かんないと思うけど?」
「戦うまでもねぇだろうが! どう見ても勝算は俺たちにあるだろう!!」
「冗談は顔だけにしてよね。如何にも力勝負しか出来ない顔してるじゃないのよ。頭使ったこと、ある?」
「なっ……何だとぉ!?」
 盗賊たちが顔を真っ赤にして凄むと、フレイは足許のフォッティとリティアに小声で囁いた。
「二人はどっかに隠れてて。大丈夫、すぐ終わるから」
「でっ、でもあんなおっきいおじさんが三人もいるのに、お姉ちゃんだけじゃ……」
「あいつら、頭に血が上ってるから大丈夫よ。下手な小細工は出来やしないんだから」
 言い、フレイは剣を構えると盗賊たちに突っ込んで行った――結果は、最初から見えていた。

「ま、ざっとこんなもんだね」

 目の前で積み上がって伸びている盗賊たちを満面の笑みで見渡し、フレイが剣を鞘に納める。
「このあたしに喧嘩売ったこと、じっくりたっぷり牢屋で反省すると良いわ」
 フレイが鼻で笑っていると、戦いが終わったのを知ったリティアが木の陰から飛び出し、駆け寄って来た。
「お姉ちゃん! すごいすごい!! リティア、すっごく驚いちゃいました!! 格好良いっ!!」
「ふふん、まぁね」
 得意満面でフレイは応じ、それからキョロキョロと視線を転じた。フォッティがいなくなっている。
「あれ? リティア、フォッティどこ行ったか知らない?」
 その問いに、リティアは可愛らしく頬を膨らませてみせた。
「あの子、リティアが危ないからこっちにおいでって言ってるのに、どっか行っちゃったんです。リティアも追い掛けようと思ったんだけど、あの子、脚が速いし、二人ともいなくなったらお姉ちゃんが心配すると思って、待ってました」
「……うん、そうしてくれて助かったわ。だけど、どうしよう。探した方がいいかなぁ……」
 フォッティがこの森にずっと住むというのなら、無理に探さない方がいい。生態系に口を挟むべきではないだろう。
「もしかしたら自分で母親のところに戻ったのかもしれないしね。母親と一緒ならこの森でも…――」
 言いかけたフレイは、盗賊が「そいつの死んだ母親は俺らがここまで連れて来た」と言っていたのを思い出して眉根を寄せた。
 別の場所から無理矢理連れて来られ、母親がいない状況で、生まれて間もない仔フォッティが無事に生きて行けるだろうか。
「……リティア、あの子はどっちに行ったか分かる?」
「んーと……確か、あっちです」
 リティアが指差した方向は、この森の深部。鬱蒼とした茂みの、更に奥。
「じゃあリティア、あたしから離れないようにね」
「は、はいっ!」
 コクリとリティアが頷くと、フレイは小さく頷き返してから表情を引き締め、森の奥へと向かった。


 To be continued.



《コメント》

フレイのお気楽道中冒険記、第2部第2話です。
小動物(特に子猫)とお出掛けなんて嬉しい展開になったら、私はきっと悶絶死しちゃうと思います。にゃんこLOVE。


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