−4−

「ウソ……だろ」
 男を見上げて、ぽつりとタクミが言葉をこぼす。
「信じようが信じまいが、それはお前たちの勝手だ」
「もしあなたの言うことがホントだとしても……でも何で……何でこんなことしたの!?」
 不意に、ユウが口を開いた。
「こんなことしたら、絶対あなたの正体とかも知られちゃうんだよ!? 家の人とかのこと、考えなかったの!?」
「俺に家族はいない」
 きっぱりと言い、男は再び薄く笑った。
「親は俺を……妙な力を持つ俺を、疎ましく思ったんだろう。子供の頃、施設の前に置き去りにした」
「……」
「施設でも、この力のせいで俺は爪弾きにされた。だから十五の時に俺は施設を飛び出した。それから俺に家族はない」
「彼女とかはいたでしょう。一人くらいは」
 エリが声を上げると、男は口の端を上げた。
「ああ、何人かはな。だが、そいつらはいつもこう言って俺から離れていった――『どうしていつも私の考えていることが分かるの!? 気味が悪いわ』――怯えた顔でな」
「……」
 タクミとユウが押し黙る。タクミは、幾度か同じようなことを言われた経験があるから。そしてユウは、似たような境遇だった自分を重ねて。
「そんな時、テレビで超能力少女、とかいうバカげた企画が行われていた。家は金持ちで、皆に可愛がられ、そしてその上、世間に堂々と顔を見せている――俺とは全く逆の立場のお前が憎らしく思えた」
「だからって、エリは何も悪くないじゃない! それなのに、こんな……ゲームだとか言って誘拐するなんて!」
 すると、男はくっくっ、と何故だかおかしそうに笑った。
「そんな時、あの二人から桐生エリを誘拐して身代金を奪う、というくだらない計画が持ち掛けられた。奴らは俺が能力者だということを知らないがな。そしてそれとほぼ同時期、俺は一人の男に会った」
「……?」
 エリたちが首を傾げると、男は今まで持っていたカバンを開けた。その中に札束がぎっしりと詰まっていることに気付いたタクミが目を丸くする。
「これがお前の身代金だ」
 男はエリにそう言うと札束には目もくれず、札束の上に載せていた紙袋を取り出した。その中には小型のテレビが入っている。
「お前が退屈すると思って持ってきてやったんだが、どうやら退屈はしなかったようだな」
 彼が火災報知器の上にそれを乗せ、スイッチを入れるとスーツに身を包んだ女性が映し出された。レポーターらしく、マイクを手に勢い込んだ口調で画面に向かっている。
《ここは先程身代金の受け渡しが行なわれた場所です! 身代金を取りにきた男は、警察の包囲網があるにも関わらず突如現れ、そして忽然と姿を消しました! これは一体何なのでしょうか!? まさに『姿を消した』としか言い様がありません!》
「……瞬間移動がお前には出来る、ってのを言いたいのか?」
 タクミがわざとらしく肩をすくめてみせる。「そりゃすごいな。驚きだ」
 しかし男はそれに関して何の言葉も発せず、チャンネルを変えた。今はどこの番組も誘拐事件について報道されているらしい。
《ということで、現在私は誘拐された桐生エリちゃんの通っている学校に来ています!》
 今度はいかにも新人レポーター、という様子の青年がマイクを握り締めている姿が映った。
「……これが何なのよ」
 エリが訝しい表情を浮かべるが、男は説明をする気がないらしい。相変わらずの冷笑を口元に浮かべて腕を組み、画面に視線を注いでいる。
 それで追及を諦めたエリがテレビに視線を戻すと、レポーターが悲痛な面持ちでエリが行方不明になるまでの行動について語っていたが、やがて画面が大きく変わり、老人の姿が映し出された。
 エリの祖父、桐生宗一郎だった。
《エリはとても大切な孫娘なんです! 犯人を何としても捕らえていただきたい!》
 熱弁を振るう桐生。その表情は青ざめ、髪は乱れ、見る者の胸を締めつけるようだった。
 その時、画面を見下ろしていた男がゆっくりと口を開いた。
「なかなかの名演技だ。血は争えないようだな」
「……何がよ?」
 男の意図することが分からないまま、エリが顔を上げて男を見遣ると、彼は画面の桐生を指さした。
「さっき俺は言ったな。これはゲームだ、と。俺がゲームをしている相手はお前達じゃない。無論、警察でもない――お前の祖父だ」
「……………………え?」
 その言葉を理解するのに数秒は要した。そして、言葉を紡ぐのに更に数秒。
「どういう……こと? 何でおじいちゃんが……」
「桐生が経営する学校は最近経営難だそうだな。それなのに、小学部の体育館を改築しなければならずその資金がなくて困っていた。そこで桐生は考えた。手っ取り早く金を稼ぐ方法を。生徒たちの家からとれる金額など、たかが知れている。いくら孫娘をテレビに出演させても、その出演料だけではどうにもならない――だから、今回の狂言を思いついた」
「狂言――」
 エリの顔が青ざめ、声が震えていく。
「そうだ。誘拐事件が起これば、彼に同情して金を貸してくれるところが出てくる。そうすれば大金が懐に入ってくるという寸法だ……実に滑稽な話だな」
「理由が何だとしても借りた金は返さなきゃなんないんだぞ! ちょっとの間金がもらえたとしても、それじゃ意味ねーだろ!」
「そうだよ! それに、もしそんなことがバレたらエリのおじいちゃんは犯罪者じゃない!」
「バレなきゃいいんだよ」
 男はタクミとユウの言葉にそう言うとエリを見下ろして笑った。
「桐生がお前に一億の保険を掛けていること、知っているか?」
「!!」
 その言葉だけで、もう充分だった。
「お前が死ねば、一億の保険が下りる。それなら、借りた一千万を返しても充分残るだろう」
「そんな……そんなこと、簡単にできる訳ないじゃない! それに、どうしておじいちゃんが私を……」
「学園の繁栄に心血を注ぐ人格者も、金がなくなりゃ金の亡者と化す、ってことだ。桐生は俺と接触し、俺に計画の手伝いをしてくれと言った。身代金の一千万を山分けし、俺にはそれに上乗せするから、と。俺はあの二人と違って金に興味はないし、奴らがいなくてもお前を誘拐することくらい簡単だ。却って、奴らがいると邪魔なくらいだったが」
 男は再びくっくっ、と笑った。
(こいつ、楽しんでやがる……)
 タクミは背中にじわりと汗が浮かぶのを感じた。
 男は桐生も、仲間たちも、誰も信用していない。単に、自分の娯楽の一環として彼らの計画に手を貸しているだけなのだ。そして、その者たちの計画の結果に興味はない。
 彼にとって重要なのは、楽しめるゲームか否か、というだけ――。
「桐生は俺たちに孫娘を誘拐させ、一千万を要求させた上で警察に包囲網を敷かせる。俺が一千万を奪い、逃亡すれば俺の勝ち。どれか一つでも失敗すれば桐生の勝ち。無論、俺は瞬間移動が出来るから警察になど捕まらない。例え失敗して二人が捕まろうとも俺さえ逃げれば桐生の身の安全は保証される。俺は二人に桐生のことを一切話してない。俺が今度の計画をお前に洩らさず、お前を殺してしまえば計画について知る者は誰もいないからな」
 まさに『死人に口なし』だ。男はそう言って笑った。
「あいつにとっての誤算は、孫娘の知り合いに能力者がいたことだ。さすがにそれは俺にも分からなかった。だから簡単にこの場所が知られてしまったがな」
 遠くからサイレンが聞こえてくる。ユウが発火した銀杏の木を見た近所の誰かが通報したのだろう。
「ちっ」
 サイレンの音に耳を澄ませていた男が小さく舌打ちし、タクミを見下ろす。
「ここに来るまでに警察に場所を教えたんだな? 消防車だけじゃない。パトカーまで来てるじゃないか」
「まぁ、一応の予防策としてな。犯人がオレらの手に負えるような相手じゃなかったらヤバいし。……でも今頃来るってことは、オレを信用しなかったってことだな」
「頭のいいガキだ」
 軽く笑い、男は俯いているエリを見下ろした。
(バカだ、私……。何にも知らずにいい気になって偉そうなことばっかり言ってた……)
 同じ家に住んでいるのだ。時々、桐生の心の声がエリには聞こえていた。
『金がない』『何とかしなければわしの学園が……』『エリで何とか……』
 しかしそれが、まさかこのようなことだったとは考えもしなかった――。
「……」
 動揺しているため開放されたエリの思念を読みとった男がすっと目を細め、ふと視線を移すとタクミも拳を握り締めていた。聞く気がなくともやはり彼にも聞こえてしまったようだ。
 男は薄く笑うと再びエリに視線を戻し、初めて優しげな声色を出した。
「身内は誰にも選べない。これからは自分でどうするか決めるんだな」
「……え?」
 はっとしてエリが顔を上げる。彼女はきつく拳を握り締め、その頬には涙が伝っていた。
「桐生とあいつらの計画はそれぞれ失敗だ。無論、今お前たちを連れ去ってまた身代金を請求したりするのならば、桐生の方の計画はまだ続行されたことになるが、所詮破滅が先延ばしになるだけだ」
 男はまだ続いていた、今となっては白々しい桐生のインタビュー画面を切ると廊下に置いていたカバンに視線を落とした。
「これには興味がない。お前に託す――貸してくれた者たちにお前が返すんだ」
 カバンからエリに視線を移してそう言い、男はそのままタクミに目を向けた。
「俺は桐生よりももっとおもしろいゲームの相手を見つけることができた――お前たちだ。俺の顔を見たお前たちをここで始末するのは簡単だが、せっかく見つけた同胞だからな。殺すのは勿体ない。お前たちがもっと力をつける時まで、このゲームの決着はお預けだ」
『え!?』
 三人が同時に声を上げた途端、男の姿がふっと消えた。一瞬で。瞬きする間もなかった。それはまさに『掻き消えた』と表現するのがふさわしかった。
 瞬間移動――それを初めて目の前で見た三人が顔を見合わせる。
「なあ、『どーほー』って何だ?」
「さあ?」
「難しい言葉を使わないでほしいよね。そうでなくてもタクミは言葉を知らないんだから」
 涙を袖で拭い、努めて明るい声を出したエリのその言葉にぷうっとタクミが頬をふくらませて声を荒げる。
「何だとぉっっ!?」
 刑事と思われる男たちが拳銃を手に、警戒しながら階段を上ってやってきたのは、その直後だった。
「君たち、大丈夫か!? って………何やってんだ?」
 口喧嘩の真っ最中である。
「それにしても――」
 と、タクミとエリの口喧嘩を傍観していたユウが男のいなくなった場所を眺めて口を開く。
「ゲームはお預けだ……って言ってたよね、あの人。またどこかで会う、ってことかな。やっぱり」
「会いたくないわね」
「二度とごめんだ、あんな野郎」
 渋面になって呟く三人に、刑事はきょとんとした表情を向けていた。
 ――無論、『同胞』とは『仲間』などのことである。


−5−

「じゃ、元気でね」
 待合室で大荷物を持ったエリが振り返り、笑顔で二人に言う。
「うん……向こうに着いたら、電話ちょうだいね」
「変なもん食って腹壊すなよ」
 ユウが悲しげに、タクミがそっぽを向いてエリに別れを告げる。
 ――あの事件の数日後、警察に一本のテープが送られてきた。
 それは男と桐生による今回の計画についての全会話が録音されたもの。送り主は記されていなかったが、一目瞭然であろう。
 それにより桐生が逮捕され、桐生学園は経営者が変わった。そしてエリは図らずもテレビで騒がれる身となる。しかし、人の噂も七十五日。人はすぐ新しい話題に飛びついていくのだ。
 男は全国に指名手配された。が、未だ逮捕されたという報告は届いていない。逃亡すら一種のゲームと思っているような彼である。捕らえられることはまずないだろう。
 身寄りのなくなったエリは超能力の研究が進んでいる研究所の依頼があり、外国に行くことになった。
「今は取り敢えずその人たちのモルモットだけどさ。でもその人たちが言うには、ゆくゆくはそこで超能力の研究をやってみろ、だって。何年先のことか分かんないけど……でも、私もいつかはそうなれたらいいなって思ってるんだ」
「大丈夫だよ! エリならきっとバリバリ仕事して、すごく偉い人になれるから!」
「ん。ありがと」
 ユウの言葉に頷き、何かを堪えるように上を向いたエリの肩に、タクミがぽんと手を置く。
「……え?」
 きょとんとしたようにエリがタクミを振り返り――そして、笑顔になった。
「うん。待ってる」
 そして荷物を抱え直すとエスカレーターの方に駆け出し、勢いよく振り返った。
「それまで二人とも元気でね!」
「おう」
 ひらひらと手を振り、タクミはしばらくエリが消えていくのを眺めていたが
「んじゃ、帰るか」
 自分と同じようにエリに向かって手を振っていたユウに言う。そして上着のポケットに手を突っ込み、踵を返して歩き出した。
「あ、ねえねえ! さっきエリに何言った訳!?」
 慌ててタクミの後を追い掛けながらユウが尋ねると、タクミは一瞬歩を緩めたがまたすたすたと歩き出した。
「あー! 何々ー? あたしに隠しごとー!?」
「ばーか。そんなんじゃねーよ」
 諦めたようにタクミがユウを振り返り、そして言った。
「いつか……オレらがデカくなった時にはエリの所に遊びに行くから、そしたら茶菓子でも出せ、って言ったんだよ」
「あたしと、タクミで?」
「何だよ。悪いか?」
 耳まで真っ赤になりながらタクミが声を荒げる。かなり恥ずかしいらしい。
「ううん。……でも何で『茶菓子』なの? 年寄りくさーいっ!」
「るっせーな! だから嫌だったんだよっっ!!」
 タクミがわめき――そしてその直後、彼は何者かの視線を感じはっとして振り返った。
 しかし、そこには荷物を持って行き交う旅行客たちが賑やかに談笑しながら歩く姿があるのみである。タクミたちに意識を向けている者などどこにもいない。
「? どしたの、タクミ?」
「ん? いや、何でもない……」
 訳が分からず首を捻るユウを促し、もう二度と背後を振り返ることなく、タクミは空港から出ていった。
「ゲームはまだ終わってない、か……」
 ぽつりと小さく呟いたタクミのその言葉は、隣のユウには届かなかった。
「そう……ゲームはこれからだ」
 たった一人――タクミたちを冷ややかな笑みと共に眺めていた男以外は。


 タクミたちがエリと再会するのは、それからしばらくの時間を要する。
 そしてその時には、また別の再会がタクミたちを待ち受けていた。
 それは延期されていたゲームの再開でもあったのだが――今のタクミたちは、そのことをまだ何も知らない。



 END



《コメント》

 楓は超能力について全くの無知なので、書いてみたはいいけれど、これが精一杯です。……って、超能力を大々的に取り扱った作品ではありませんね。
 知識のある人から見たら「こんなはずないだろう!」という部分が多々ありますが、その辺はご容赦を。
 小学生が主人公なんて書くの初めてだったんですけど、ちゃんと小学生してましたでしょうか?
 楓は14歳以下が主人公の話なんて書いたことないもんで……(;_;)。
 ううむ。慣れないジャンル(この場合は超能力もの)に首を突っ込むと、自分の無知さが身に染みてよく分かりますね。
 そうそう、続きがあるような終わり方で書いてますが、続きの予定は今の所ございません(笑)。
 書いたら面白そうではありますが、何分超能力に関する知識に乏しいもので。
 それでは皆様、ここまで読んで頂いて有り難うございました★


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