太陽が天高く昇った頃、二人はラウルの絵に描かれていた森へと辿り着いていた。
 マナは目深に帽子を被って顔を隠し、ラウルは彼女が描かれた画布を脇に抱えている。
「ここが、その絵に描かれていた場所なのね」
 この場所にマナが来たことはない。恐らくあの絵は、ラウルがここを訪れた時に頭に浮かんだ構図なのだろう。
「いつかマナとここに来たいと思ってたんだよ。……本当は、こんな状況じゃなく来たかったんだけど」
「ラウル……」
「……でも」
 沈んだ表情だったラウルがマナの方に視線を向け、目を細めて笑ってみせる。
「やっぱり、一緒に来られて嬉しいよ」
 微笑んでから、ラウルが塔の方に視線を向ける。妖しげな塔のその様相は、本当に魔物の存在を匂わせた。今にも何かが塔から二人に襲い掛かって来るような――。
「……」
 マナがぎゅっとラウルの服の裾を掴み、身を寄せる。
「大丈夫だよ」
 囁きかけ、ラウルがそっとマナの肩を抱いた。
「でも、塔に近付いたらロケットが光るとか……そういう変化が起きるかもって思ってたんだけど、何も起きないな」
「……そうね」
 胸元のロケットを見下ろしてマナが頷くと、ラウルは頭を掻いた。
「本当にそのロケットに危険がなければいいんだけど……塔に行くまでの間、俺が持ってなくて大丈夫? 塔から帰るときにマナに返せば問題ないんじゃないか?」
 いいことを思い付いた、というように明るい表情になったラウルがそう提案したが、マナは(かたく)なに首を振ってから、数歩、塔の方に歩み寄った。
「ラウルの気持ちは嬉しいけど、でももしこれが『封印の鍵』だとしたら、アスラフィム以外の人が持った方が危険かもしれない。私は平気だから。……大丈夫、怖くない」
「…………」
 少し震えながらも自らに言い聞かせるようにそう告げたマナの背をラウルは目を細めて見つめ、足を止めた。小さく溜息。そして近くの木にマナの絵を立て掛け、彼女の背に問い掛ける。
「俺に渡す気は、全然ないのか?」
「? だって、もしラウルに何かあれば大変だもの。ラウルの方が私には大事だから――」
 ラウルの言葉の響きの微妙な変化に違和感を感じたマナが振り返る。しかし、彼女の笑顔は途端に凍り付いた。
 いつの間に来ていたのか、ラウルの後ろに近衛隊の男が何人も、剣を構えて立っている。付けられていたのだ。
「! ラウル、危ない!」
 叫んで駆け寄ろうとしたマナに、しかし何故かラウルは振り返りもせず言った。
「俺の心配より、自分の心配をした方がいいぜ、マナ? だって――」薄く笑う。
「だってマナはここで死ぬんだから。良かったな、燃える屋敷なんかじゃなくて、こんな綺麗な森が死に場所になるんだから」
「――!」
 息が止まるかと思った。
「な……何で……?」
「何で……か。まぁ、当然の質問だな」小さく笑い、ラウルは近衛隊の男たちを振り返った。
「俺、やっと実力が認められて専属の宮廷画家になるんだ。でも、それには条件が二つあってね」
(何を……言いたいの? ラウル……)
「その内のひとつは、『封印の鍵』の在処を聞き出す事」
 そう言ったラウルは、茫然としているマナに歩み寄ると、彼女の首からロケットを毟り取った。細い鎖が脆くも外れ、草むらに落ちていく。
「どう……して? ラウル、言ってくれたじゃない。どこか……他所の土地に行って、二人で暮らそう……って――」
「本気にしたのか? ガキだな。俺は王都で華やかに仕事がしたいんだ。成功するためならどんな嘘だってついてみせるさ。金もない小娘と、寂れた所で細々と暮らす訳ないだろ」
「でも……いつも、私のことを好きだって言ってくれた――」
「領主の娘だったからに決まってるだろ」
 あっさり言ったラウルは近くにいた兵士から剣を受け取り、マナが描かれた絵をその先端で躊躇(ためら)いもなく切り裂いた。
 それをどこか遠い場所で起きているかのようにぼんやりと見つめていたマナの目から涙が零れる。
 溢れんばかりの笑顔を見せていた画布の中のマナが切り裂かれ、今ではもう何が描かれていたのか分からない。
(こんなこと……)
 信じられない。
 いつもマナに向けられていた暖かな眼差しと微笑みが、今では冷ややかな視線と薄笑いに取って変わっている。
 これが、マナが初めて見たラウルの本性。
 再びあの疑問が頭を(もた)げてくるが、マナはそれを故意に押し留めた。
 今自分の目の前にある現実を全てを否定したい――その思いだけで、マナは力が抜けそうになる身体を奮い立たせていた。
 しかし、容赦の無いラウルの言葉は続く――。
「はじめから計算尽くで近付いたのも分からなかったのか? ユリアの方でも良かったんだけど、あいつは聡い奴だったから、すぐバレそうだったしな。それに、ジルベックの奴が薄々気付き始めてたから、そろそろ潮時かなって思ってたけど……思った以上に鈍くさいんだな、お前」
(嘘……嘘……よね、ラウル……?)
「王も、お喜びになっておられたぞ。お前がここまでするとは思ってらっしゃらなかったようだ。偽りとはいえ、お前はこの娘と恋仲だったのだからな」
「言っただろ。俺は期待以上の仕事をすることで知られてるんだ、って」
 ふと気付くと、午前中に家を訪れたあの兵士がラウルの横に立っていた。
 正午――そう繰り返したラウルと兵士の会話がマナの脳裏に蘇る。
 正午に家を出るから、気付かれないように付いてこい――と、ラウルは兵士に言ったのだ。
 そしてマナから鍵を奪い、塔へと赴く予定だった。『何でも望みを叶えてくれる宝』を捜すために。
「それにしても、本気で俺を突き飛ばすなんてひどいぞ。おかげで怪我しちまったじゃないか」
「お前の演技が上手かったから、つい本気を出してしまったのだ。王にもちゃんとお前の働きは報告するから大目に見ろ。勿体なくもお褒めの言葉を頂けるだろう」
「言葉なんかじゃなくて、俺は金が欲しいんだけどな」
「クッ。お前のような欲にまみれた奴が宮廷画家になるとはな」
「それはお互い様だろう?」
「違いない。ククク……」
(嘘だって……言ってよラウル……)
 兵士とラウルの会話を茫然とマナが聞いていると、ラウルが彼女に向き直り、冷ややかな笑みを見せた。その手には、兵士から渡された剣が握られている。
「鍵も手に入れたことだし――後は」
 そしてラウルがマナ目掛けて剣を振るう。一振りで殺すつもりなどないのか、剣先はマナの肩から斜めに身体の表面を切り裂いた。裂かれた服に、鮮血が溢れ出す。
「嘘……嘘――嘘よぉっ!」
 大きく目を見開いたマナは叫び、踵を返して走り出した。
「! 娘が逃げたぞ! 追え! そして捕らえるのだ!」
「どうせあの怪我だ、遠くまでは逃げられないよ。それに、もうあいつには用がないから殺したっていい」
 鋭く叫ぶ兵の声に続き、手に握ったロケットを見下ろして冷ややかに言うラウルの声が、逃げるマナの耳に届く。
(ラウル……!!)
 唇を噛み、浮かんだ涙を拭う。
 初恋だった。初めて人を愛し、愛される喜びを知った。
 そう思っていたのに――。





 どのくらい走っただろう。気が付くと、アスラフィム家が守護する塔の前まで来ていた。
(私……)
 激しい痛みに顔を(しか)め、被っていた帽子を脱いでそれで傷口を押さえ、背後を振り返る。
 どうせ逃げられないと知っているのか、兵士たちはゆっくりと、獲物を追い立てる猟犬のようにやって来ているので、まだ姿は見えない。
 しかし、地面に点々とついている血痕を辿れば、すぐに追い付かれてしまうだろう。
(馬鹿ね、私……)
 ラウルの偽りの優しさに騙され、夢中になっていただなんて。
「……開かない扉……」
 呟き、そっと扉に血まみれの手で触れる。
 ロケットはラウルに奪われてしまったのだ。ここに逃げても、仕方がないのに。逃げ場を失い、後はラウルたちに追い付かれて殺されるだけ――。
 ――しかし。

 ギィ……。

 開かないはずの扉。それが、鈍い音を立ててゆっくりと開かれていく。
「! どうして……」
 しかし、この塔に隠れていればラウルたちから逃れることが出来るかもしれない。

『あそこには、絶対魔物か何かがいるよ。禍々しい気配ってのが感じられたから』

 ラウルの言葉が脳裏に蘇る。
 しかし、今のマナにとって最も恐ろしいのは人間。魔物などではない。
 意を決するとマナは薄暗い塔の中へ、血の溢れる傷口を押さえながら入っていった。
「何も……いないのね……」
 呟き、ほっと安堵の溜息をついたマナだったが、どこからともなく聞こえてきた女の声にぎょっとして立ち竦んだ。

《アスラフィムの血を受け継ぎし娘よ、よく来た》

「! な……何……!?」慌てて周りを見回すが、誰も……何もいない。
「誰なの!? 何で私のことを知ってるの!?」
 叫ぶと、ややあってからその声は返答してきた。
《この塔の『鍵』は、塔の主の意志もしくはアスラフィムの娘の血。それなしには扉が開け放たれることがない》
(アスラフィムの娘の血が鍵だなんて……)
 だから当主の父も、嫁いできた母も、その資格がなかったのか。
「じゃあ……ロケットは……」
 やはり関係なかったのか。では何故、あのロケットは大切に受け継がれて来たのだろう――。
「貴女は誰? 何でここにいるの?」
 人間ではないだろう。そういう雰囲気を、彼女の声は醸し出している。
《我はこの塔の主。そして、お前の先祖の一人でもある。名は……ジーン、とでも言っておこうか。とうの昔に捨てた名だがな》
「……」
《我々の祖先は遥か昔、『魔』をこの塔に封印した。そして、自らの肉体をその糧としたのだ。『魔』は娘の肉体を欲する。故に、この塔の封印を解く者は、女でなければならない》
「魔……!?」マナはその言葉を聞くと、数歩後退った。
《我がアスラフィム家は、この塔の封印をする役目を担う運命(さだめ)にある》
「! でも……でもそんなこと、おばあさまも母さまも、姉さまも何もおっしゃらなかったわ! 鍵のことだって、今初めて知ったのよ!?」
《塔が再び宿主を欲した時、その娘は口伝えなどなくとも自然とここへ呼び寄せられる。それに魔、とは言えども、それは人間に害をなす『魔物』ではない。純粋なる魔の力だ》
 それならば、ジーンはマナがここへ来たのが運命だとでも言いたいのだろうか。
(そんなこと、絶対に信じない!)
 もし信じれば、家族の死や恋人の裏切りも、あるべきものだったと認めることになってしまう。
《魔の力がこの塔自体に封じられているのだ。そして我々宿主は、その力が外界へ暴走しないように見張ることを使命とする》
「でも……私が聞いた話と違うわ! この塔には何でも望みが叶う宝が眠ってるって……!」
『宿主』や『見張り』がアスラフィムの娘の使命なのだとしたら、話と大きく食い違う。無論、今となってはラウルの口から出た言葉が真実なのかどうかは分からないのだが。
《宝、と言うには少々語弊がある。この塔はその魔の力を以て、宿主となる者に最後の望みを叶えてくれるのだ。その代償として、次の娘が現れるまで、二度と塔から離れることが出来なくなるがな。……私のように、死ぬことすら許されず》
「そんなのって……!」
 自分を犠牲にしてでも叶えたい望み……そのようなもの、あるのだろうか。
《お前の望みは何だ?》
「貴女は、何の望みを叶えてもらったの?」
 ジーンの問い掛けに、マナは逆にそう問い返した。
《……》
 ジーンはしばらく沈黙していた。しかし、ややあってようやく口を開く。
《我が望んだのは子供の命。不治の病に冒され死んだ幼い我が子のため、我は悪魔に身を売った》
 そしてジーンは悲しげに笑った。
《一人の者の命を蘇らせるためには、百人の咎無き命を差し出さなくてはならない。そういう決まりなのだ。そして我は百人の命をこの塔で奪い、我が子の命を蘇らせた》
「それで……貴女の子供は――」
《母が存在せぬまま無事に育ち、天寿を全うしたようだ。その子も、そしてその子らも》
「……」
《我は疲れた。もう眠りたいのだ。娘よ、お前が次の『塔の主』になれば、お前の望みを塔は必ず叶えてくれるだろう》
「……私は……」
 マナが俯いて唇を震わせた、まさにその時だった。

 ……ビュン!

 風を切る音が聞こえた。そして、そうと感じた瞬間、マナの肩を矢が貫く。
「……っ!」
 激痛に顔を歪めて振り返ると、弓矢を構えた兵を従えたラウルが、酷薄な笑みを浮かべてそこに立っていた。
「こんなところにいたのか。だがお前、どうやって塔の扉を開いたんだ!? このロケットが鍵じゃなかったのか!?」
 声を荒げ、ラウルがロケットを忌々しそうに床に叩き付ける。途端、鈍い音が響いた。
 姉が大切にしていたロケット。唯一残っていた形見。それが音を立ててマナの足許に転がり、衝撃で蓋が開いた。中に入っていたのは古ぼけた、母と子の肖像画。
《……!》
 ジーンが小さく息を飲む気配が感じられてマナは顔を上げた。
(ジーン、もしかしてこの肖像画は――)
 彼女からの返答はない。そしてマナの目の前には、用無しになったロケットには見向きもしないラウルが立っていた。
「ラウル――」
 今朝までは間違いなく愛していた青年。その彼が剣先をマナに向け、彼女の表情を楽し気に眺めている。
 そしてラウルはしばらくしてからああ、と何やら思い出したように笑った。
「俺が宮廷画家になるための条件の二つ目、そういえばお前に言ってなかったな。冥土の土産に教えてやるよ。二つ目は――王にとって邪魔な存在であるジルベックの命を奪う手伝いをすること。昨日俺は屋敷に泊まって、皆が寝静まった頃、門の閂を外したんだ。だから、近衛隊が屋敷に入ることが出来た」
「! それ……じゃ……皆が死んだのは――」

 一つだけ……疑問に思うことがあった。
 何故、毎晩必ず施錠するはずの門が内から開けられていたのか――。

「まぁ、俺のせいもちょっとはあるかな。ったく、ユリアは生かしといて後で楽しもうと思ってたのに、兵の奴ら、自分たちだけで楽しんで殺しちまうんだからな」つまらない、とでも言うかのように軽く肩を竦めるラウル。
「ひどい……!」肩を震わせ、マナは唇を噛んだ。端から血が顎を伝い、床に零れ落ちる。
 頭が真っ白になったマナの中で、何かが崩れ去る音がした――。
「言ってな」笑い、ラウルが剣を頭上に掲げる。「あの世でせいぜい親孝行してろ」

 脳裏に蘇るのは、優しかった家族の、暖かな笑顔。
 もう二度と自分に向けられることがなくても、あの笑顔がまた戻って来るのなら――。

「――ジーン!」
 怒りに燃えるマナがキッとラウルを睨み付け、そして叫んだ。
「私の望みを叶えて!」

 もう愛なんて信じない。絶対に――!

「――!」
 どこからともなく吹き付けてきた風に、ラウルがよろめき、剣を取り落とす。
《良かろう。その望みの贄として、まずはこの者たちの命を塔に差し出せ》
 ジーンの、落ち着いているが故に冷ややかに聞こえる声が辺りに響き渡る。
「! な……何だ!? 体が動かない……!?」ラウルが狼狽(うろた)え、兵たちも戸惑いの声を上げる。
 マナはゆっくりラウルに近付くと、床に落とされた剣に手を伸ばした。
「! まっ……マナ! 何をする気だ!? やめろ!」
 慌てて声をあげるラウルを一瞥し、マナが剣を握り締める。その重量感が掌から伝わってきた。
「随分と身勝手なのね、ラウル。ほんと、今まで気が付かなかった私って馬鹿だわ」
 何の感情もない声でそう言い、自嘲の笑いを漏らしたマナがゆっくりと剣先を、青ざめているラウルに向ける。
「……さよなら、ラウル」
 そして、マナは剣を勢いよく振り落とした。断末魔の声が響いたが、マナの耳にはもう何も聞こえない。
 静かな空間の中、マナは剣を振るった。
 感情だけでなく五感すら失せているので、剣の重みも何も感じ取れない。
 あちこちから悶え苦しむ悲鳴があがったような気もしたが、そのようなこと、もうどうでも良かった。
 今のマナにとっては――。
《よくやった。今からお前が『塔の主』だ。残り二百九十四の魂、塔に差し出すがいい。我は……もう眠る……》
 ジーンの声がどこからか聞こえた。しかし、全身に男たちの鮮血を浴びたマナにはその声は届かず、彼女は力尽きてそのまま床に崩れ落ちた。
 止まることなく流れていた涙。恐らく、彼女が涙を流すのはこれが最後だろう。
《愛する者のために……その手を血で染める道を選んだか……》
 悲しげな声が最後に聞こえた後、マナは暗闇に引きずり込まれていった――。


        ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねぇ、アレスぅ! ホントにあの塔に入るのぉ? やめといた方がいいんじゃないー?」
 鬱陶しい程甘ったるい声を出し、一人の女が傍らの青年に声を掛けている。
「何言ってんだシルア。ここまで付いて来といて……嫌なら一人で残ってたっていいんだぞ」
「そうそう。シルアがいなくても俺たちだけで何とかやってみせるから」
「あー、何それぇ!? まるであたしが役立たずみたいじゃない〜!」
「ギルバートの言う通り!」
「もぉっ! アレスってばひっどぉい!」
 顔まではこの窓から見えないけれど、どうやら三人組の冒険者らしい。
「また馬鹿な侵入者が来たみたいね」
 しばらく前に殺した黒髪の女を振り返り、唇の端を上げると私はゆっくり立ち上がった。

 ……いつからか、この塔には莫大な財宝が眠っているという噂が巷に広まるようになった。
 でも、ここに足を踏み入れた冒険者を待っているのは財宝なんかじゃない。
 待っているのは恐怖と絶望と死。
 馬鹿な冒険者たちは競うようにここを訪れ、自らの愚かさを悔い、そして死んでいく。
 私がこの塔の主になってから、どれだけの時間が流れただろう。どれだけの贄を捧げただろう。
 でも、これではまだ足りない。
 モット血ヲ、肉ヲ――この塔は、そう望んでいるのだから。

 太陽がゆっくりと西へ沈んでいく。私と塔が欲する闇がゆっくり忍び寄ってくる。
「星が出る頃には片付くかしら」
 侵入者を全て片付けるまでの時間を算段しながら私は塔の扉を開いた。自分の命を狙う者から、命辛々逃げてきた、無垢な少女……かつての、愚かだった私を演じるために。

 怯え、逃げ惑う者たちの恐怖が私にとって、最高の糧。
 血にまみれ、息絶えた者たちの魂が塔にとって、最高の糧。
 塔に侵入して来る者たちは総べて私と塔にとって、極上の獲物――。

「よーし、こうなったらあたしが充分役に立つってこと、証明してあげるっ!」
「別に証明しなくてもいいんだけど……」
「あー、そのくらいにしといてくれ。耳に響いて痛いんだよ」
 自分たちの運命を知らない、呑気な声が近付いてきて、そして――。
「!? おい、ギルバート! 誰かが倒れてる!!」
 若い男の声が鋭く響く。そして、すぐにこちらへ駆け寄って来る足音。
 力強い腕に抱きかかえられる感覚と同時に、男の声が頭上から聞こえてきた。
「おい、大丈夫か!?」

 ホラ、獲物ガ引ッ掛カッタ――。



 END



《コメント》

これは「HACTION!3」に掲載した小説『迷宮の幻影』の続編です。続編、とはいっても舞台は『迷宮の幻影』よりも前の話なんですが。
元ネタは、2000年当時草薙あきらに借りたゲーム『刻命館』。なかなかダークなゲームでした(笑)
で、それを元に書いたのが『迷宮の幻影』と『SURVIVAL』。『迷宮の幻影』は結構ダークな小説、『SURVIVAL』はギャグ漫画。
『迷宮の幻影』の続編の本作、本当は『HACTION!4』に掲載する予定だったのですが、いつまで経っても発刊が実現しそうにないのでサイトに掲載しちゃいました♪
『迷宮の幻影』の影の主人公、マナが何故「塔の主」になったのかを今回描いてみましたが、如何だったでしょうか?
あの性悪女(←ひどい)も以前はこんな素直でまっすぐな女の子だったんですよね〜これを読んで頂いてから、改めて『迷宮の幻影』を読んで頂くと……ふふふ。(*^^*)


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