《其方は男覡か?》
その声で、俺は親友に目を向けた。
奴は目を細め、部屋をゆっくりと見回していたが、やがてゆっくりと歩き出した。
慌てて俺も追い掛けると、しばらく歩いてから奴は足を止めた。たくさん並べられた箱たちの中心に、古ぼけてボロボロになった白い箱がある。
「ここで力を使ったから、それに反応して目を覚ましたのか……」
「何がどうなってるんだよ!? 男覡って何だ!? お前のことをこの声の持ち主は知ってるのか!? ってか、もしかしてこいつが白鳳か!?」
俺の内に眠っている明日香から、ここに封印されているのが白鳳だということも、彼女が何で封印されたのかも聞いた。
弥生が呪いを受けてしまったのは自業自得だから同情出来ないが、でもいくら惚れた男を殺されたからといったって、子々孫々まで呪うなんて、白鳳も恨みが深すぎやしないか?
自分を封じた妹の子孫である明日香がこの場にいるのは彼女にとって都合の良いこと。きっと殺そうとするに違いない――って、待て待て、それじゃ俺まで殺されるってことじゃないか!
「おい、さっさと逃げた方がいいんじゃないか!?」
既に逃げ腰になっていた俺だったが、親友は短く「待て」と言った。
「お前の泣き言なんか聞きたくない。さっさと大野明日香に戻れ」
「無茶言うな! 大体、お前が眠らせたんだろ!? それに、そんなに戻ってほしけりゃ自分でやればいいだろ!」
「力を使うにも限度ってもんがある。自分の力量以上使うと……ヤバい」
言いながら床に腰を下ろし、つらそうな表情で再度汗を拭う。よく見ると、奴の額に浮かんでいたのは脂汗だった。
「大丈夫なのか?」
「……お前に心配されるとは、俺も堕ちたものだな」
減らず口が叩ける程度には、まだ大丈夫のようだ。ムカつくが。
「男覡ってのは……まぁ、女巫〈の男版ってとこだ」
俺にそう答えてから、奴は白い箱に向かって口を開いた。
「お前がここに封じられた、本当の理由は知っている。俺の先祖も昔は男覡だったらしい。だが、俺はお前に何もしてやれない。……すまない」
何を言ってんだ? すまないって、何で謝るんだよ!? しかも本当の理由って?
「おい、一体何がどうなってるんだ!? 白鳳は暴走したから封印されたんだろ!?」
「違う」
きっぱりそう言った親友が、そこで言葉を切って俺の顔を真剣な表情でまじまじと眺める。思わず後退った俺は、慌てふためいた声をあげてしまった。
「な、何だよ、ジロジロ見るな!」
「お前に用はない、用があるのは明日香の方だ。勝手に照れるな」
「てっ、照れてなんかないっ!!」
更に後退って慌てて怒鳴ったが、奴は気にせず話し掛けて来た。
「明日香、聞こえてるか? お前たちは弥生から知らされてなかったんだな、白鳳が封印された、本当の理由を」
「だから、本当の理由って何だよ!?」
「お前は黙ってろ」
「…………」
ムッとした俺が黙り込む。大体、何で俺がこいつに叱られなきゃいけないんだ!?
「俺の先祖は男覡になる前にあちこちを放浪していたらしいんだが、あるとき1つの村を訪れた。そこで、見たそうだ」
「何をだ?」
「…………」
また俺が尋ねると、奴は一瞬眉をひそめたが、今度は文句を言わずに言葉を続けた。
「死屍累々。女巫によって壊滅した、1つの村の残骸をな。そして、完全に我を忘れた女巫と相対したらしい」
「じゃあ、弥生が白鳳を封印する場に居合わせたんだな?」
まだ眠っているのか、明日香が尋ねないので、俺が代わりに尋ねてやる。親友は不愉快そうに目を細めたが、文句を言うのを諦めたのか、ゆっくり首を振った。
「その、後だ」
「え?」
俺がきょとんとした声をあげたとき、白い箱から声が聞こえた。
《私を……殺して》
――悲し気な、そして苦し気な声が。
「殺してって……どういうことだ?」
俺は親友の顔を見上げたが、奴は聞こえて来た声が意味することを理解したのか、ゆっくりと目を細めている。
「どういうことだよ、俺にも分かるように説明してくれ」
俺が言葉を発するなり親友がちらりと俺を一瞥し、また視線を戻した。
「つまり、だ。白鳳を封印したのは、さっき明日香が話した通り、弥生。そして姉を封印した後、彼女も壊れた……いや、その前から壊れていたのかもな」
そう言いながら、奴はまた額に浮かぶ脂汗を拭った。本当に大丈夫なんだろうか。聞いてもまた減らず口を叩くだけだろうが。
「姉が神に願うのを聞いたんだ――村を滅ぼして男を生き返らせてくれ、ってな。男がいなくなれば自分のところへ戻ってくると思った姉の気持ちは、男が死んでしまっても戻らなかった。他の奴のものになるならば、いっそ殺して自分だけのものにしたかったんだ」
「それって……」
明日香から聞いた話と全然結末が違っているんじゃないか?
「姉を封印した弥生は、それから村人たちを片っ端から殺戮した。愛した姉の女巫衣装を着てな。白鳳と同じ程度に霊力のあった彼女に勝てる者なんか、村には誰1人いなかったんだ。……で、その滅びた村に俺の先祖がやって来て、弥生と鉢合わせした」
「殺したのか?」
「殺していれば、弥生の子孫の明日香はここにいないだろ。よく考えろ、馬鹿」
……明日香への対応とまるで違うのは何でだ?
「弥生は、やはり生身の姉が恋しかった。だから封印を解こうとしたが、解くことが出来なかった。俺の先祖が彼女に呪いを掛けたからな。代わりに、殺されかけたらしいが」
「呪いを?」
「弥生の霊力を抑えたんだ――それが精一杯だったらしい。村一番の霊力を持つ白鳳の封印には膨大な霊力を必要としただろう。そうすると、封印を解くにも同等の霊力が必要になる。だが、並みの霊力程度に抑えられた弥生では白鳳の封印は解けない。だから弥生は『箱』を手に、行方をくらました」
「じゃあ、弥生は白鳳の封印を解くために、1万の魂をここに? でも弥生はともかく、その子孫がおとなしく人殺しを続けていたのは何でだ?」
俺の問いに、親友はまた不満げな表情を見せた。
「お前、俺が何でも知ってると思ってんじゃないだろうな? 俺も弥生が箱を持って行方をくらましたってことまでしか知らないんだぞ。だから、明日香から『箱』に呪いを掛けられてるって聞いたときにもしやと思ったが、確信したのは『白鳳』という名前を聞いたときだ」
「……」
俺が口を尖らせて黙ると、奴は「だが」と、言葉を続けた。
「想像は出来る。多分、弥生が自分とその子孫に呪いを掛けたんだ。そして、言い伝えとして『白鳳の呪い』を残した――そんなとこじゃないか? もうここまで来ると、狂気としか言えないな」
「でも」
分からない。それなら、弥生の子孫たちは誰も人殺しをせずに代々箱を守るだけで済むんじゃないか? 呪いからは解放されなくても、死なずに済むんだから。
俺のその考えを察したのか、親友は薄く笑った。
「排除したい奴らがたくさんいるような状況で、人を殺してもその証拠が残らない。そして、それだけの力を持っている――そう聞かされたら、お前、どうする?」
「……え?」
言葉に詰まった。そして親友は俺のその表情を見ると、ゆっくり目を閉じた。
「そういうことだよ。そして、いつの間にか『箱守〈』が『刃隠〈』にすり変わっちまった」
そんなこと、と俺は言おうとした。だが、それより早く口が勝手に開いていた。
「そんな……私たち、ずっと白鳳のことを憎んでいたのに……本当に悪かったのが、私の先祖だったなんて――」
明日香が呟き、そして床に座り込む。
「じゃあ、今まで死んだ人たちは……何のために――」
涙が、溢れた。止めようと思っても、止めることが出来ずに床にこぼれ落ちる。
《私を殺して。そして、弥生や倭のところに還して……》
……白鳳の声がして、俺は顔をあげた。
「お前は弥生を恨んでたんじゃないのか? お前にこんなひどいことをしたんだぞ!?」
俺なら絶対許せない。自分を封印した奴の子孫まで殺そうとは思わないが、少なくとも、同じところに還りたいだなんて絶対思えない。
《許すことは出来ない。だが、それでもあの子は私の大切な妹。だから……》
疲れたような声。それで俺が隣の親友に視線を向けると、奴はゆっくり立ち上がった。
「言っておくが、先祖みたいな力は持ってない。失敗したからって怒るなよ」
「お前、力を使い過ぎたらいけないんじゃないのか!?」
俺が慌てて声をあげたが、奴は振り返るとニッ、と笑って首を振った。
「困ってる女の力になれない程、甲斐性ない男じゃないぞ、俺は」
……言ってろ。
有刺鉄線が張り巡らされた塀から外に出る頃には、もうすっかり日が落ちていた。
外に出るまでに何度も足を何かで引っ掛けて怪我したが、灯りが何一つなかったんだし、仕方ない。
肩を貸している親友に視線を向けると、かなりつらいらしく、歯を食いしばっていた。立っていられるのが不思議なくらいなのに、必死になって一歩一歩、ゆっくりと足を前に出している。意地っ張りなこいつは、肩を貸すのだって最初は断っていたが、やはりそういう訳にもいかなかったようだ。
「大丈夫か?」
声を掛けると、奴は短く「ああ」と応え、
「心配すんな」
珍しく、にっこりと微笑んだ。
とくん。
突然心臓が鳴った。俺の内の明日香が反応したらしい。
……………………。
…………………。
………………。
……………。
……って。
「ちょっと待て」
恐ろしい事態にそのときようやく俺は気付いた。
「白鳳の魂とやらが浄化出来たのはいい。あの部屋にあった箱たちも全部消えたってことは、封印から解けたってことなんだろう。それもいいことだ。だけど、何で俺は元の姿に戻らないんだ!?」
「何でって、もうお前の元の身体はないからだろ?」
平然と言ってくれる。
「いや、だって弥生の呪いが解けたってことは、明日香の魂だって――」
「大野の力で殺された奴らがあそこには閉じ込められていたんだろ? 大野の力で生き返った明日香が死ななきゃいけないんなら、大野の力で死んだ奴らも生き返らなきゃいけない。千年以上前に殺された奴が今生き返ったら大変だよな。連日ニュースに取り上げられるぞ」
「そういうのは屁理屈って言うんじゃあ……」
「そういえば」
奴は意地悪い笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んだ。
「お前、今頃重要参考人として指名手配されているんじゃないか? 部屋に女の殴殺死体があれば、その家の持ち主を探すのが当たり前だしな。大体、お前が殺したんだろ?」
「……」
確かに、大野夫人を殴ったのは俺の意志だ。彼女が、こいつに何かしようとしたのを止めようとして――。
「ったく、どうすりゃいいんだよ!」
俺が呻いた途端、俺の口から別の声が飛び出して来た。
「ごめんなさい、こんなことになって……私、あなたたちに迷惑ばかり掛けて……」
「……謝られたってどうしようもないだろ」
言ってから、ようやく気付く。
明日香は両親が死んだばかりだった。白鳳の魂を浄化した後、彼女は散々泣いたけど、きっとまだ泣きたいに違いない。それなのに――。
ただ、問題はこれからどうするかということだ。
指名手配されているかもしれないし、明日香の姿じゃ家に帰れない。それに、明日香のままじゃ今までのような生活が送れない。
しかも、『大野明日香』は5年前に死亡したことになっている。存在自体がこの世から抹消されているんじゃ、俺はこれからどうやって生きていけば――。
「まぁ、当面は俺のところで面倒見てやるよ。様子見ながら対策考えりゃいいだろ」
俺が考えていることに気付いたらしい親友がポン、と俺の頭に手を置きながら言う。
人事だと思って気楽に言いやがる。大体、そんなこと明日香だってOKするはず――。
「いいんですか? ありがとうございます!」
……だからちょっと待てって。
「私、料理得意なんです。お邪魔にならないようにしますから――」
……だから!
ってか、さっきからやたらとドキドキしている心臓、どうにかならないのか?
俺は明日香に文句を言おうと口を開きかけたが、そのとき発せられた親友の一言で、思わず青ざめた。
「全然邪魔じゃないよ。それに、明日香って俺のタイプだしな」
……えーと。
だらだらと冷や汗が流れていくのを感じ、俺は肩を貸していた親友の手を振り払った。そのまま、ズンズンと歩き出す。
「ちょっと、どうして先に行っちゃうんですか!?」
「こら、置いてくな!」
「うるさいっ!!」
取り敢えず、明日香の意識が主導権を握るという、とても恐ろしいことがないようにしないといけない。
俺は固く誓うと、車が停められているところまで歩いていった。
END
《コメント》
長々と続いて参りましたリレー小説。完結しました……というか無理矢理終わらせました(笑)
最初は普通の話になるかなぁと予想していたのに、主人公が女になるわ、大野夫人を殺しちゃうわ、「明日香って誰よ!?」とか色々おもしろい展開のオンパレードで。
結果、まとまったようなまとまってないような結末になりましたが(^_^;)
とにもかくにも。美猫、あきらちゃん、渡田さん、お疲れさまでしたー♪
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