IT'S ALMOST UNREAL  渡田貴紀

 ゴーンッ、ゴーンッ
 突然だが、この物語は十二時の鐘、そしてシンデレラの絶叫から始まる。
「どわーっっ」
「何をしているのですか!早くっ」
「そ、そんなこと言われても…」
 そう、そんなこと言われてもぬげてしまったものはしょうがない。
「どうでもよいではありませんか、そんな借り物の靴など」
 階段下にいたネズミの従者がシンデレラに叫んだ。
「よかないよっっ。あれはイブサンローランの靴なんだよっっ」
「イブサンローランだか伊武雅刀だか知りませんけどね、早くしないと困るのは貴女なんですよっ」
「そりゃそーなんだけどさ…」
 確かに、今もとの姿に戻られると非常にきびしーっっ。でもあれは魔女に借りた代物、置いて帰ったりなんかするとあとが怖い。
『いいかい、よくお聞きシンデレラ。この靴はねえ…高かったんだよ。もう無茶苦茶高かったんだよ。忘れて帰ったりなんかするとぶっとばすかんねっ』
 うそつきめっっ。この靴は某デパートで半額になっていたじゃないか。と、シンデレラは心のなかで思いつつも
『ええわかったわ、魔法使いのおばさま』
 と返事をした。まあ、その後あたしはまだ二百三十八歳だよと怒鳴られてしまったが…。
 確かに見た目は二十代だけどさー…。
 まあ、そんなこと今はどうでもよいことだもんね♪それよりも…早いとこここをずらからないと王子さまが追いついてしまうわ。
 そんなことを思いながらシンデレラが靴を取ろうとした瞬間、
「――かーっっ。もう我慢なんねぇ!」
「へ?」
 べらんめぇ調とともに体が軽くなったので、シンデレラはぎょっとした。何時の間にか階段を上ってきた元ネズミはシンデレラを肩に担いだのである。
「ちょ、ちょっと、何すんのよ」
「やかましいっ!がたがたぬかすとひっぱたくぞ!」
「え、江戸っ子か…あんたは…」
 元ネズミの従者はシンデレラを担いだまま、階段を下りだした。
「え?あ、ちょっと待ってっイブサンローランの靴が…靴がっ」
「大概にしろよ」
「イブサンローラーンッ、いーぶーさーんーろーらあああああぁぁぁぁぁん」
 シンデレラの大絶叫は虚しく夜空に響いた。


「ちょっと、手荒に扱わないでよ」
 元ネズミはシンデレラを乱暴に南瓜の馬車に押しこんだ。ネズミは暴れるシンデレラにウンともスンとも言わないで階段の方を見つめている。
「ちょっと、どうするのよ靴」
「…」
「ちょっと…」
「まだ間に合うな」
「え…?」
「待ってな、今取ってきてやるから」
 その言葉とともにネズミは階段に向かって走りだした。
「ネ、ネズミー!」
 シンデレラも慌てて階段を見る。確かに、この人込みのせいか王子はまだ階段の四分の一くらいの場所にいた。さすがに一国の城だけあって階段までも豪勢だ。それに…長い。
「ったく。冗談じゃねぇってんだ」
 ぶつぶつ言いながらも、元ネズミの従者はシンデレラの靴を拾った。
「おじょおさーぁぁぁぁぁんっ」
 遥か上から王子の妙に間延びした声が聞こえてきた。
「げっ。来やがったぜ。それにしても何で王子ってやつぁ、あーんな変な格好してるんだろーなー…」(同感。←作者)
「ネズミッ、早く!」
「わかってるよ」
 ネズミは慌てて階段を下りようとして…転けた。その拍子に今度はネズミの靴までぬげてしまった。
「急いでるってぇのに」
 ネズミは慌てて起き上がり、力任せに靴を履こうとした。
「かーっっ。なんてぇ履きにくいんだ、この靴はぁぁっ」
 靴との格闘はしばらく続いたが、こんな時に限って思うようにことが運ばない。
「おじょーさーん」
 その声にネズミははっとして顔を上げた。
 王子の声が近い。広い踊り場で死角になっているため、姿こそは見えないがすぐそこまで来ているようだった。
「チッ」
 ネズミは靴を履くことを諦め、靴を階段に残したまま馬車へと急いだ。
「おじょおさあああぁぁぁん」
 王子の姿が見えると同時に、ネズミは馬車に辿り着き、慌てて馬車を走らせた。
「ちょっと、あんた。大丈夫なの?靴置いてきて」
 シンデレラは爆走する馬車の窓からネズミに尋ねた。
「だいじょーぶだって、どーせ十二時過ぎちまったら魔法はとけるんだろ?」
「あ、なるほど」
「それより、早くしないとおいら達の魔法もとけちまわあ」
 シンデレラはその言葉に真っ青になり、ネズミをせかした。
「はやくーっ」
「てやんでぃ、わかってらあっ」
 南瓜の馬車はのぞみよりも早く爆走した。


「おじょおさあああぁぁん」
 場所は変わって、お城の階段。王子の間抜けな叫び声は階段にこだました。
「嗚呼っ遅かったか…」
 やっと階段の下に着いた王子であったが、そこにはもうシンデレラの姿はなかった。
「嗚呼っマイスウィートハニー!やっと理想の女性を見付けたと思ったのに」
 王子はガックリと肩を落とした。
「ん?ありゃ何だ?」
 王子の視界の先に何かがあった。月光を浴びて輝いている。王子はそれに近付いていった。
「ガラス…?否…これは…」
 王子はその輝く物体を拾い上げた。
「ガラスの靴?」
 それはネズミの落とした靴であった。履きにくいのも無理はない、ネズミの靴はガラス製だったのだ。


 翌朝、シンデレラの家の屋根裏部屋からネズミの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「何でっ何で元に戻らないんだーっっ!」
「馬鹿っ大声出したら姉さん達が来ちゃうでしょう!」
 シンデレラは大騒ぎするネズミの口を慌てて押さえた。
 そんな二人の側で魔女は、困惑した顔で頭をかいている。
「まったく、やっかいなことになったねえ…。あの靴がないとあんたは元に戻れないんだよ」
 そう言って魔女はため息を一つついた。
「あたしは元に戻っているわ」
「あ、そうだよ。こいつは元の灰かぶりに戻ってるのになんで俺だけ…」
 二人の言うとおり、シンデレラは元の灰かぶりに、馬車は南瓜に、二匹の馬は二匹のネズミに…。なのに靴を忘れた御者のネズミだけは元の姿に戻っていなかった。
「だから、さっきから何度も言っているけれども、あんたはお城に靴を忘れてきちまったんだろう?あの魔法は、かかった状態から一つでも何かが欠けると効力が半端になっちまうんだよ」
 そう言って魔女はまた一つため息をついた。
「そんな…じゃあ俺は一生このままなのかよ」
 ネズミは、彼の側で不安そうに彼を見上げている二匹の仲間のネズミを見た。
「あ、あたしが…あたしがあの時靴を取りに行こうとしなければ…」
 シンデレラは自分の軽率な行動を後悔していた。
「あの時取りにいったのは俺の意志だ。あんたのせいじゃねえ」
 ネズミはぶっきらぼうにそう言うと、またそっぽを向いた。これは彼なりの優しさなんだろう。
「なあ、方法がないわけじゃないんだろう?」
「まあね」
 魔女の言葉にシンデレラとネズミはほっとした。
「どうすればいいんだ?」
「あんたが、自分の力であの靴を取り戻してくればいいのさ」
「成程ね。てめぇのケツはてめぇで拭えってことか…」
 納得したという顔で、ネズミはニヤリと笑った。
「って、あんたどうする気なのよっ?」
「決まってる。もう一度城に潜り込むのさ」
 シンデレラの心配も余所に、ネズミはもう城に潜り込む方法を思案していた。
「潜り込むったって一体どうやって?ねえ?」
「るせーなぁ。今考えてんだよ」
「そんな言い方しなくたっていいでしょうっ!」
「しっ!誰か来た」
 ネズミは人の気配を感じ、慌ててシンデレラの口を覆った。魔女も固唾を呑んでドアの方を見つめた。
「シーンデレラッ。降りといで。お城の人が来ているよ」
 シンデレラの二番目の姉の声だった。どうやら部屋に入ってくる様子はなさそうだ。
 お城という言葉に部屋にいた三人が一斉に反応した。
「お姉さん、お城の人は何の用でこの家へ来たの?」
 ドアを少し開けてシンデレラが聞いた。
「あんたには絶対関係ないと言ったんだけどねえ…。お城の従者様が持ってきた靴を履くことのできた娘が王子様の花嫁になれるってんで、娘のいる家を一軒一軒回っているそうだよ」
「靴って、まさか…」
「何でか知らないけどガラスで出来ている靴なんだよ。王子様も変な趣味してるなあ…」
 部屋の中で話を聞いていたネズミの目が光った。
「おっと、あんたを相手に余計なことまで喋ってしまったわ。早く降りておいでよっ、灰かぶり」
 姉は嫌味を言うのを忘れずに、下へと降りていった。
「ふんっ、どうせみんなの前であたしを笑い者にする気なんだろう…。あいつらいつかコロス!」
 シンデレラも実はなかなかいい性格をしているようだ。
「二人とも聞いた?」
 扉を閉めながら、シンデレラは二人を振り返った。
「ああ。向こうから来てくれるたぁラッキーだったぜ」
「それよりも、あんた一体どうする気なんだい?まさか従者達を殴り倒して、ガラスの靴を奪おうって腹じゃあないだろうねえ」
「まさか」
 魔女の言葉にネズミは不敵な笑みを浮かべた。
「俺はそうしても全然構わないんだが、こいつに迷惑がかかっちまわぁ」
 ネズミはシンデレラの方を振り返りながら、ニヤリと笑った。
「俺がこいつに成り済まして城に潜入する。城に入っちまえばいくらでもチャンスはあるってもんさ」
「成程ね」
 ネズミの考えに魔女は賛同したようだ。
「そ、それってちょっと無理がない?」
 いくらネズミが線が細いとはいえ、女にしては少しごつい。
「触られなきゃ平気なんでない?」
「こいつは男にしては綺麗な顔しているから大丈夫だろう」
 二人はあくまでも能天気だった。シンデレラはため息をつきながらも、自分の予備の服と三角巾を貸した。
 一方魔女は、ネズミが着替えている隙に、側にあったわらに魔法をかけてかつらを作った。
「お、ちょっと丈がちんちくりんだけど、なんとかなるもんだなあ」
 無邪気に笑うネズミを見て、シンデレラはこめかみを押さえた。
「なあなあ、三角巾結んでくれよ」
 ネズミがいきなり目の前に出てきたのでシンデレラは驚いた。と、同時にどきっとした。
 今まで意識していなかったのだが、よく見てみると魔女の言っていたように綺麗な顔をしている。
「自分で結べばいいでしょう」
 照れ隠しにそう言いながらも、シンデレラはネズミに三角巾を結んでやった。
「さてと…じゃあ行ってくるからな。俺のいない間に泣いてんじゃねぇぞ」
 心配気なシンデレラの頭を軽くポンポンっと叩いて、ネズミは微笑んだ。
「馬鹿っ。あんたこそへまをするんじゃないわよ!」
 階段を降りていくネズミの姿を見送りながら、シンデレラは不安が胸に広がるのを感じていた。


 一方ネズミはといえば、なんだかごつくなったんじゃないの?という母親や姉達の問い掛けに、成長期だからという間抜けな答えで切り抜け、ガラスの靴を試着することに成功した。
 そして今、王子の花嫁となるべく、お城へ向かう馬車の中で揺られていた。
「さあ、どうぞお嬢さま。王子様も首を長くしてお待ちですぞ」
 ようやく城に辿り着いたネズミは従者達に促されて、馬車から降りた。
(待っていろよ、シンデレラ。靴を取り戻してすぐに帰るからな!)
 すべての始まりとなった階段を見上げながら、ネズミは一歩一歩、王子の待つ城へと進んでいった。



 続



《コメント》

この作品はファンタジー音痴の私が初めて書いたファンタジー小説です。異説シンデレラといった所でしょうか。映画などでよくみかけるのですが、元々の原作を、ヒロインが自分の力で運命を切り開いていくという形にアレンジしていることがありますよね。これも時代の風潮なのでしょうか? 私自身も強い女性に憧れます。
余談ですが、タイトルはスウェーデンのユニットROXETTEの曲から拝借しました。執筆時はヘビーローテーションで聴いていました。そういえばボーカルのマリーさんも力強いイメージの方なんです。
それでは後半もお楽しみに〜。


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