「あたしやっぱり行ってくる」
 突然そう言って立ち上がったシンデレラに魔女は少しも驚かなかった。
「やっぱりね…。そう言いだすだろうと思っていたよ。あんた、あいつに惚れちまったんだろう?」
「あたしは…」
 シンデレラは魔女の言葉に反論することが出来なかった。
 心配そうな二匹のネズミ達を抱えてなぐさめている時も、ネズミのことばかりを思い出していた。
『待ってな、今取ってきてやるから』
『俺はそうしても全然構わないんだが、こいつに迷惑がかかっちまわぁ』
『俺のいない間に泣いてんじゃねぇぞ』
(あいつの手の感触まではっきりと覚えている…)
 ネズミの言葉の一つ一つがよみがえって来て、シンデレラは涙がこぼれそうになった。
「シンデレラ?」
 シンデレラは涙を拭うと、心配そうに覗き込んだ魔女ににっこりと微笑んだ。
「自分の好きな男ぐらい、自分の手で守ってみせるわよ」
(王子様がやってくるのを待っているだけだなんて、本当の恋じゃない。自分の相手は自分で決めるわ…)
 魔女もシンデレラの答えに微笑み、ゆっくりと窓を開けた。
「あんたの言っていることは正しいよ。あたしの後に乗りな。なあに、二人ぐらい乗ったってこの箒はびくともしないよ」
「それじゃあ…」
 シンデレラの顔が明るく輝いた。
「ほら、早く。ネズミを助けに行くんだろ?」
「はい!」
 シンデレラは魔女の背中にしっかりと掴まった。
「あんた達も行くかい?」
 駆け寄ってきた二匹のネズミ達に魔女はそっと尋ねた。
「仲間だもんね、あいつの。心配だよね」
 シンデレラは二匹をそっと自分のポケットに忍ばせた。
「行くよ!」
「ええ!」
 シンデレラと魔女、そして二匹のネズミ達を乗せた箒はお城を目指して夜の空へと消えていった。



「あ〜あ、何だってガラスの靴を王子の野郎が持っていっちまうんだよ」
 ドレスに着替えさせられたネズミは、王子の待つ寝室へと歩いていた。
 ガラスの靴は、自分の手で履かせてあげたいという王子の希望で、対になって王子の手元にあった。
「それでは、お嬢さま。頑張って下さいませ」
 気をきかせて去っていく従者の背中に、「一体何を頑張れって言うんだよ」とつぶやきながら、ネズミはドアをノックした。
「失礼します」
 顔が見えないように注意しながら、ネズミは寝室へ入っていった。
「やあ、待っていたよ!マイスウィートハニー☆」
 抱き締めようとする王子の腕をするりとかわして、ネズミは素早く部屋の中を見回した。
(ないっ。一体どこに隠しやがったんだ、俺の靴)
「ハニー☆」
 靴に気を取られていたネズミは、王子に両肩を掴まれた。
「く、靴は…」
 全身がチキン肌になっていく感触を堪えながら、ネズミはファルセットで王子に尋ねた。
「ああ、せっかちな人だなあ。ほら、あそこにあるよ」
 王子が指を差した方向を見て、ネズミはぎょっとした。
 確かに靴はあった。あったことはあったのだがバラ柄のベッドの上にきちんと並べて置かれていたのである。
(なっ、何考えてんだよこの男はぁーっっ!)
 もう我慢できねぇといった様子で、ネズミはベッドへと足早に向かっていった。
「良かった。これで帰れる…」
 ガラスの靴を抱えて安心していたネズミは、突然、ベッドに押し倒された。
「ハニー!」
「ばっ、馬鹿野郎っっ!よく見やがれ、俺は男だっ!」
 ネズミは首筋に息を吹き掛けてくる王子を、取り敢えず張り倒してから、かつらをとった。
「ありゃ、ハニーじゃないのか?君は一体誰だい?」
 王子はネズミの上にのしかかったままの状態で、間抜けなことを聞いてくる。
「誰だっていいじゃねぇかよ。ほらっ、わかったらとっとと退きやがれ!」
 ネズミは王子を退かそうとしたが、こつでもあるのか、旨い具合に組み伏せられていて、まったく身動きがとれなくなっていた。
 王子は暫くの間ネズミの顔を見ていたが、突然にっこりと微笑んだ。
「よく見たら、君もすごい美人じゃないかい。大丈夫、僕はそういうことにはちっともこだわらない質だから☆」
 そう言ってまた顔を近付けてくる。
「てめーっ、ちったぁこだわれっっ!こーの、すっとこどっこい!」
 ネズミは力の限り抵抗したが、王子の身体はびくともしなかった。
「ハニー☆」
「だ、誰がハニーだっっ!あ、ちょっとやめろってっ、ああっ!」
「大丈夫!僕に任せて☆」
 王子はネズミの両腕を頭の上に片手で押さえ、もう一方の手でドレスの裾を巻き上げようとした。
「ああ…これってもしかして貞操の危機ってやつ?」
 ネズミは情けなくなって涙が出てきた。
 こんな奴に犯られるくらいなら、いっそ舌を噛んで死んでやるっ。ネズミがそう覚悟したその時…
「ちょーっと待ったっっ!」
 聞き覚えのある声と共に、寝室のドアがものすごい勢いで開かれた。
「ネズミっ。助けに来たわよっ!」
 裏口の門番をぶちのめして城に侵入した二人と二匹が、そこに立っていた。
「あれ?ハニー!」
 驚いて振り返った王子だったが、シンデレラの姿を見付け嬉しそうに微笑んだ。
 と、思ったや否やネズミの上から素早く退き、シンデレラの方へと向かっていった。
「ハ・ニ・ー☆」
 王子がシンデレラを抱き締めようとした、まさにその時、
「俺の女に手を出すんじゃねぇ!」
 ネズミはそう叫んで、手元にあったガラスの靴を思いっ切り王子の頭に投げ付けた。
 見事に命中したガラスの靴は粉々に砕け散り、王子はそのまま床に倒れた。
「ネズミ…」
「馬鹿野郎…無茶しやがって」
「その台詞、そっくりそのままあんたに返すわ」
 シンデレラとネズミはしっかりと抱き合った。
「どうすんのよ…ガラスの靴は割れてしまったわ」
 シンデレラは泣きながらネズミに言った。
「ああ…」
 ネズミはちらりとガラスの靴の破片に目を向けたが、シンデレラを抱く手に一層力を込めた。
「もう、いいんだ。元に戻れなくても。…それにこの方が、お前を抱き締めるのに都合がいい」
 その言葉にシンデレラはにっこりと微笑んだ。
「そう言えば、あんた名前なんていうの?」
 シンデレラは、ネズミの名前をまだ知らないことにこの時ようやく気が付いた。
「そうだったな…。…俺は、スノーっていうんだ」
「愛しているわ、スノー」
 シンデレラは、スノーの腕の中で幸せそうにそっとささやいた。
「馬鹿野郎…。俺なんてネズミの時から…だぜ」
 そうだった。私がつらい時、いつも一匹のネズミが側にいてくれたっけ…。
 シンデレラはスノーに抱き締められながら、ぼんやりと思い出していた。


 その後シンデレラとスノーは魔女の計らいで、森の中の城に住むことになった。この城は魔女の持ち物なので自由に使っていいとのことだった。
 ブラウンとブルーという名の二匹のネズミ達は、魔女から人間の姿を与えられ、シンデレラ達と一緒に森の中の城で仲良く暮らしている。
 城の人達や町の人々は、魔女の魔法によってシンデレラ達の記憶を失っていた。
 もう誰も二人の邪魔をする者はいないのだ。


 シンデレラが窓の側に立っている。
 スノーはそっと近付いてシンデレラを抱き締めた。
「ねぇ、スノー…」
 スノーに微笑みながら、シンデレラはささやいた。
「まるで夢みたいだね」
「ああ、そうだな…」
 シンデレラの言葉に頷きながらスノーもそうささやいた。
「IT'S ALMOST UNREAL」
 二人は幸せを感じながら、ゆっくりとキスをした。

 ―――IT'S ALMOST UNREAL(まるでゆめみたいだね)



 END



《コメント》

 
お疲れ様でした。じゃっ!(どこへ行く気だ)
しかしこうやって読み返してみると…主人公二人がら悪いですねぇ。しかも設定にやや無理がありすぎ(二人の足のサイズはどうなってんだとか、突っ込みだすときりがない)。
この作品に関してはテンポ重視で書き進めてきたので、勢いだけはある作品になったのではないかと思います。
 最後まで読んで下さってありがとうございます。またファンタジーを書く機会があればその時はよろしくお願い致します。


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